富士山の見える部屋と、夫婦のかたち
ちょっと長い自己紹介の目次→目次①、目次②前回のお話 → 中古カメラ販売~「自分で稼ぐ」ことへの第一歩ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー富士山の見える部屋と、夫婦のかたち宇都宮での暮らしが一年を過ぎた頃、夫から「フリーランスとして働きたい」「東京に戻りたい」と話しがあり、会社を退職することになりました。私はその決断に反対する気持ちは全くありませんでした。自分自身も転職や中古カメラの販売など、自由に選択してきた経験があるため、夫の選択にも口を挟む資格はないと感じていました。「相談ではなく、報告でいいのにな」と思うこともありましたが、夫は律儀に転職のことや貯蓄のことまで丁寧に話してくれました。その姿に、少し戸惑いながらも、ありがたさを感じていました。ふと、両親のことを思い出しました。二人とも公務員で、それぞれが稼ぎ、それぞれのお金の使い方を尊重していたようです。日常の生活費は母が、大きな出費や貯蓄は父が担当していたようでしたが、退職するまではお互いの給料金額や貯金については話さなかった(知らなかった)と聞いています。そんな両親の姿を見て育った私は、「夫の収入は夫が管理すればいい。生活ができれば、それで十分」と思っていましたので、夫が細かく教えてくれることに戸惑いを覚えていました。自分自身の給与額や貯蓄額を夫に伝えることは、私にとってはかなりの抵抗感がいまだにあります。そして、私たちは再び東京へ戻りました。私は実は引っ越しが好きで、新しい環境になることにわくわくしていました。そして、新しい住まいは、東京にありながら富士山が見える部屋だったのです。夕日をバックに浮かぶその姿に、心がふっとほどけるようで、とても気に入りました。静岡県民の血が喜んでいるようです。多分。引っ越しして少し経った頃、ビジネススクールで知り合った方が中古カメラ販売で成功し、お店を持つことになりました。パートとして働かないかと声をかけていただき、私はそのお店で働くことになりました。そのお店はカメラのレンタルも行っていて、近所の女性の方が何人かパートに来ていました。同年代の女性たちとワイワイ過ごす時間は、久しぶりに心が軽くなるような、楽しい日々でした。しかし、「コロナ」がじわじわと生活を脅かし始め、電車やバスでの通勤が不安になってきました。悩んだ末、私はそのお店を退職することにしました。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー次回のお話 → 揺らぎの中で見つけた、わたしの輪郭ちょっと長い自己紹介の目次→目次①、目次②ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー