四幕目「木の実」「小金吾討死」
仁左衛門さんの、いがみの権太。![]()
とってもワルっぽくて
よいですね。
小金吾・扇雀さんが正統派な生真面目な芝居なので、それが対照的。
自由奔放な権太が浮き上がってくるのです。![]()
血気はやる小金吾。それを体よくあしらう権太。(・∀・)
踏んでいる場数が違います。権太のほうが上手上手!
優しい親切さが実は「芝居」
油断させる騙りだった・・それが知恵。
毎日こんな小細工をしながらその日を生きているのでしょう。
悪知恵と処世術には長けていても、やっぱり可愛いのは子供。![]()
善太にせがまれて家に帰ってゆく権太。(*^▽^*)
微笑ましいこの場面。![]()
序章ともなるこの親子の情愛の場面をいかに大切に扱うかによって、このあとの展開に大きな差を生じるのです。
これは大切な布石。。。
縄の立ち回り。![]()
大好きなのです。
綺麗ですよね。ダイナミックなものとはまた違ってとても繊細な。
小金吾という人物そのままに。(≡^∇^≡)
様々に変化する滑らかなライン。
”音”は「ドンタッポ」
それにしても沢山の型がありますよね。![]()
わくわくします。o(^▽^)o
五幕目「すし屋」
いがみの権太・仁左衛門さん。![]()
新春浅草歌舞伎で愛之助さんがみせたかったのはこれなんだ!と痛感する権太。
泣きました。。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
孝太郎さんのお里。
とても丁寧で可愛いです。![]()
やんちゃな年頃の娘らしく、とても愛らしい。(`∀´)
ある意味世間知らずなこの可愛さが、時には武器なのだなあと思う。
左團次さんの弥左衛門、権太の父親らしく短絡的。![]()
厚い男。だからこその悲劇。o(;△;)o
最初の登場シーンからその伏線がきちんと張られている。
さて、権太。![]()
母親にうまく取り入るための甘えかた
が本当に面白い。
よくこんなひといるよー。と思わせるぐらいにナチュラル。
そして、可愛い。![]()
こういうところが世間慣れしていると言われる謂われ。
すし桶が入れ替わるまでのテンポはとても見事。(≧▽≦)
無理がまったくない。上手いなあ。
そして運命の場面。![]()
権太の本当の心もちが明らかになる。
ここで先刻の親子愛が生きてくるのです。
何にも勝る大切な子供。
けれど、もっと優先するのが忠義。(・ω・)/
ただ、黙って召しだされてゆく妻と子供。
本当にそれでよいの?と突っ込みたくなるほどに。
いいハズはない。狂わんばかりに。![]()
だけれど、絶対にそれを口にしてはならない表現してはならない。![]()
けれど、その表情には出てしまうのです。![]()
ほんの、一瞬。
観客はそれを思って涙する。![]()
権太が、切ない。(ノ◇≦。)
何故この行き違いで権太が死ななければならないのかと思う。
無駄死にではないか。
けれど、よれでよかったのかもしれない。( ̄_ ̄ i)
妻や子だけを犠牲にしては、権太自身生きてゆけない。![]()
その苦しみに甘んじて生き延びるよりも、こうやって一蓮托生となったほうが幸せなのだろうか、とも思うのです。(。>0<。)
今まで
まっすぐに生きてこなかった権太の自業自得というのは、あまりに哀しい。(ノ_・。)
大詰「川連法眼館」「奥庭」
菊五郎さんの狐はとても狐らしい。![]()
人間の打算的な愛とはまた違い、動物としての本能的な親子愛。
初音の鼓を大切に大切に思うその温かな視線。![]()
純粋な愛。![]()
そしてその後、本物の忠信が現れて困惑するところへ迷惑をかけてはならないと正体を明かして消えてゆく、狐。(^~^)
その心は今度は逆に、人間よりもより人間らしい狐。
他者を思いやる動物の気高さ。![]()
最後に鼓を賜って喜ぶ姿には深い感銘を受けます。(≧▽≦)
恩を決して忘れない、律儀さにも涙です。![]()
福助さんの静御前
はとても美しく
、薫り立つその色気を感じます。![]()
幸四郎さんの横川禅司。いいですねー。![]()
芝居が引き締まります。![]()
通し狂言、やっぱりよいですよいです。:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
