こんにちは。「問いから始めるアート」を開催しました松岡です。今回が最後になりましたので、全体を振り返ってみたいと思います。

 

このワークショップは、3回のテーマに関して配布したテキスト(レジュメ)に沿って話を深め、参加者の方と双方向にやりとりしながらアートについて考えていきました。テーマは、それぞれ「アートとは何か」「鑑賞」「創造性」ということで「問い」をきっかけにしてアートについてゼロから考える内容になっています。アートは初めから「答え」があるのではなく、「問う」ことがその本質に関わっているという観点から、ワークショップの参加者に自ら問い、考えてもらうことを提案しました。テキストを使って、やや難解なことにも踏み込んでいたので、今までのカドベヤの中では、かなり異色な企画だったのではないかと思います。

もし現代アートに興味を持ち、このイベントのことを記憶の片隅に留めて頂けている方がいるなら、ブログの記事を読めば理解が深まることもあるのではないかと考えて、少し長くなりますが、記録として残したいと思いました。

 

さて、今回は第3回目ということでテーマは「創造性」です。皆さんは、「創造性」はどこから生まれると思いますか。これは永遠に解けない謎かもしれません。

前回のテーマの「鑑賞」において、「作品」について鑑賞者との関係性から詳しく話しました。

その中で、「優れた作品は、一人一人の問いが違っていても、それに答えることができるような大きな器を持っている」、「作品には未知の領域が含まれる。作者は作品のすべてを知っているわけではない」ことを話しましたが、この言語化できない得体の知れない未知の領域が「作品」の可能性と思われます。本当に優れた作家は、現代の人々のみならず、未来の人々の「鑑賞」にも応えられるような特別な何かを持っています。彼らが、なぜそのような「創造性」を持つことが可能なのか。その前提としてアートの根源にある未知の世界のことに触れながら、仮説や問いを立てて創造性の秘密について迫っていきたいと考えました。

 

今回は、まず初めに「知っている」とは、どういうことなのかという「問い」から始めました。「知っている」ことには実は「知ったつもりになっていて、知らないこと」もあります。そのことについてソクラテスの言う「無知の知」ということから考えてみました。ソクラテスはデルポイにて「ソクラテスほど賢い人はいない」という神託を受けます。ソクラテスは自分が物事の多くのことを知らないのに、なぜ賢いと言われたのか、その謎を探るうちに「知らないということを知っている」ということに気づきます。

ここで「無知の知」ということを更に深めて考えてみます。「知らない」ということには、「知りえない」ということも含まれているようです。「人は知ろうとすることしか知らない」ということは現代に限らず、紀元前から人間の認識の特徴としてありますが、実は「知ろうとしても、知りえない」という未知の領域があることを、言語学からウィトゲンシュタインまでの例で話しました。

こうした話がアートや創造性と何の関係があるのか、疑問に思われた方がいるかもしれませんが、実は「知っていること」から「知りえないこと」までの膨大な領域がアートに深く関わっているからです。特にウィトゲンシュタインは「語りえないことには沈黙しなければいけない」と言っていますが、この「語りえないこと」を表現できるのがアートであると考えます。

少し哲学的で難しい話をしましたが、アートがすべての領域を扱い、開かれたものであるなら、まず「知ろうとする」ことから始め、「知りえないこと」まで何らかの形でつながることが創造性の鍵であることを話しました。第2回のテーマ「鑑賞」では、作品を知っているつもりになっていることの盲点と、どうしたら本当に作品を知ることができるようになるのかについて、「問う」こと、「知ろうとする」ことの大切さを話しました。(詳細は第2回目のブログに書いていますので、関心がある方は読んでください)

そして、今回の「創造性」というテーマの主要なターゲットは「知りえないこと」である未知の領域です。そこにつながる創作の実践例を挙げてみました。

 

実践例は私が参考として挙げたものに過ぎず、他にもあるかと思われます。

ここでは、いかに自己を超えた領域につながるか、他者の声を取り込むかということについて重点を置いています。例えば、小説など書かれたものを「エクリチュール」と呼んでいますが、これは他者の声、過去から未来までのこと、未知のことを含んだものであり、アートにおける「作品」に近い概念です。また、マルセル・デュシャンのダダ的な手法やシュルレアリスムの手法を挙げましたが、これらはデュシャンが現代アートの起点となる重要な作家ということだけでなく、ダダの属性を取り払う手法やシュルレアリスムのディペイズマンというコラージュの手法はメソッドとして一般化されていて、誰もが活用できることだからです。他にも偶然性、意外性を取り込む手法はあるかと思いますが、省略しています。その他にもフレームの設定や環境作りのことなどを話しました。

 

以上が第3回のテーマ「創造性」の概要になります。なお、第1回から3回まで「問い」をキーワードにそれぞれのテーマがつながっていますので、このブログのみならず前回までのブログを読んで頂ければ、より全体の理解が深まるかと思います。

今回、配布したレジュメ(青字)は以下のとおりです。もし、よろしければ今後の創作の参考にして頂ければ幸いです。

最後に、カドベヤでこのような機会を頂けたこと、ワークショップに参加して頂いた方たちに改めて感謝致します。

以下、今回の参加者にお配りしたレジュメです。

 

アートの根源にあること、世界とは何なのか→人の知覚、認識の問題について考えてみる

 

身近なところから、日常の延長から、知るということの謎について考えてみる

知る、見るということの不思議さ。自己とは何か?世界とは何か?

なぜ人はそれぞれ違う考えをもっているのか? 

本人は知っているつもりでも、知らないことがあるのはなぜか?

知りたくても、知ることができないことがあるのはなぜか?

 

知っている  知らない の間にある壁とは? 人は世界のすべてを知ることができるのか

ソクラテス(紀元前400年) 無知の知

ユリウス・カエサル(紀元前100年) 人は見たいものしか見ない。信じたいことしか信じない。

フランシス・ベーコン (~1626年)  4つ(種族、洞窟、市場、劇場)のイドラ(偏見、先入観)

フェルディナン・ソシュール(~1913年) 言語学(記号論)・構造主義の祖

ラカン 鏡像段階(偽りの像を自己と認識すること)→認知機能のインストール、

※言葉を学習するということ→言葉のない世界から言葉のある世界へ移行し、上書きされる。

固有の世界体系をもった言語(OS)がインストールされる。

ウィトゲンシュタイン    主体は世界の境界にある。私(の言葉)とは世界の限界である。

語りえないことには沈黙しなければいけない。

ヤーコプ・ユクスキュル  環世界(生物たちが独自の知覚と行動で作り出す多様な世界)

→人間の思考体系とは異なる世界、不可知の領域の存在

絶対不可知の世界があること→世の中の99%は仮説。答えは一つではない。

リアルとリアリティ、「世界」と世界の違い。それを自分の世界として内在化ことはできるのか。

 

アートとは、創造性とは何なのか?問いを立ててみる

アートがもたらす異化作用。 一つの世界から別の世界への転位、跳躍。

日常とは違う世界を体験すること。様々な世界を相対化して考え、想像すること。

開かれていること (すべての領域が対象となる)

新しさ、驚きがある。答えより問いが大切

アートと科学のアプローチの方法は似ている。→問い、仮説を立てること。好奇心

 

アートと社会の関係性について

アート的な発想は必要か?世界の様々な問題、課題についての問いを立ててみる。

(真の豊かさとは何か、グローバリゼーション、多様性、人権、コミュニティなどの諸問題の解決策はあるか)

アートは個人の内面を豊かにすることだけでなく、世界の在り様を変える力を持っている。

 

創作の実践例 (参考)

 

1. 他者が知らないことの発見

問い、仮説を立てる。

物や事の見方(鑑賞)からのアプローチ、発見

 

2. 他者の声を取り込む

エクリチュール(書かれたもの)の概念  モーリス・ブランショの死からの視線

問いの文学  フランツ・カフカ、サミュエル・ベケット

 

3. 自己を超えるものとしての詩の手法

叙事詩、抒情詩、自己の体験などを超えるものへ(ダダ・シュルレアリスムまでの流れ)

ランボー、ロートレアモン、アポリネール、トリスタン・ツァラ、アンドレ・ブルトン

 

4.物、事の属性を取り払う

マルセル・デュシャンのダダ的な手法(使用価値の剥奪、無効化)、オブジェ

足し算ではなく、引き算によるフィクション性の付与(物や事の見方をフラットにする)

ホワイト・キューブは属性を取り払う展示空間 (想像の余白のための装置)

 

5.偶然性を取り込む

シュルレアリスム(現実を超えた現実)という視点

ディペイズマンというコラージュの手法(追放という意味であり、パピエ・コレとは違う)

オートマティズムの手法

 

6. フレームの設定を考える

フレームとは作品の基本的な構造(素材、支持体、形態、作り方など)。フレームは制限することであり、

不自由さの設定であるが、同時にその中では自由になれる。表現することはフレームの選択でもある。

コンセプトやテーマに合うフレームを考える。

 

7. 創造的な場所、空間にいること

自分の部屋、アトリエ (刺激を受けるものや素材に囲まれた場所作り)

公共の場、サードプレイスへの参加、他者との交流、自然に触れる

 

8.活動が継続できる環境作り

習慣化、継続性