「結構なお手前で」に
秘められた日本人の叡智
茶道で一服のお茶をいただいた際、
私たちは伝統の言葉を口にします。
「結構なお手前でございました。」
この言葉を、
単なる「美味しかった」と
いう味の感想だと思っていませんか?
実は、それは大きな誤解です。
この一言には、
結果よりも「心」を尊ぶ、
日本文化の深い哲学が凝縮されています。
「結構」は味の評価ではない
私たちが日常で使う「結構」は、
「まあまあ」という
ニュアンスがありますが、ここでは違います。
茶道における「結構」とは、
「立派である」「申し分ない」
「最高である」という意味。
そして「お手前」とは、
お茶を点(た)てる一連の作法、
技術、そしてそこに込められた
心遣いのすべてを指します。
あなたが立派でした、という意味
つまり、「結構なお手前で」とは、
• 「あなたの所作(作法)は
非の打ちどころがなく、立派でした。」
• 「心を尽くして、丁寧に
点ててくださったことに
心から感謝いたします。」
という意味なのです。
この言葉は、
お茶の「美味しい・不味い」という
結果を評価するものではありません。
大切なのは、相手が心を込めて、
丁寧にもてなしてくれたこと。
その一連の姿勢と心を、
そのまま最高の
敬意をもって認めるのが、
この一言なのです。
結果より「姿勢」を尊ぶ文化
結構なお手前で」は、
味(結果)よりも、
心(プロセス)を尊ぶという、
日本人の繊細な価値観の象徴です。
• 「ありがとうございます」
• 「いただきます」
といった私たちの日常の言葉にも宿る、
行為や心を認める
「言霊」。その最たるものが、
「結構なお手前で」なのです。
今の社会が忘れかけている、
結果ではなく、
そこに至るまでの相手の努力と心遣いを
尊敬するという、
この深い叡智を、
この一言は私たちに静かに教えてくれます。

