お知らせがあります。
今週の土曜日
9月12日(土)は花鳥風月の会長さん
親子参観日の為
ランチのオープンを11:30からになります
ご了承下さい。
さて今日のブログなんですが…
「すみません」は謝罪ではない?
日本人がこの言葉を使い続ける本当の理由
「日本人はすぐに謝る」
「自信がない民族に見える」
海外からそんな風に言われることがあります。
確かに、
私たちが日常で一番使っている言葉は
「すみません」かもしれません。
でも、
本当にそれは「弱さ」や「自信のなさ」から
来る言葉なのでしょうか?
実は、まったくの逆なんです。
語源から紐解く
「すみません」の本当の意味
「すみません」の語源は、
動詞の**「済む」**から来ています。
「済む」という言葉には、
こんな意味があります。
物事が終わる
借りがなくなる
心が落ち着く
つまり、
「すみません(=済んでいません)」と
いう言葉の根底にあるのは、
**「あなたから受けた優しさ、
時間、配慮を、
まだあなたに返しきれていません」**と
いう感覚なのです。
決して自分を卑下して
謝っているわけではありません。
「正しさ」よりも「関係性」を
大切にする文化
私たち日本人にとって大切だったのは、
議論で勝つ「正しさ」よりも、
目の前の相手との「関係性」でした。
「迷惑をかけたくない」
「相手に負担を背負わせたくない」
だからこそ、感謝する時も、
お願いする時も、
ちょっと道を通る時でさえ、
自然と「すみません」が口から出てきます。
日本には古くから、
言葉に力が宿る
「言霊(ことだま)」の思想が根付いています。
強く主張し合えば、
関係性が壊れてしまう。
だからこそ、
あえて自分を少し下げて場を整える。
「すみません」は単なる謝罪ではなく、
その場の空気を
和ませるための気配りの言葉でもあったのです。
受け継がれる「畏れ」の精神
古代の日本では、
人に対しても、自然に対しても、
神々に対しても、「畏れ(おそれ)」を
持って接してきました。
「軽々しく踏み込まない」
「乱暴に扱わない」
その相手を敬う精神が、
現代の日常の中に形を変えて残っているのが
「すみません」という言葉です。
「すみません」に宿る2つの想い
「すみません」という言葉には、
**「感謝」と「恐縮」**の両方が宿っています。
これは、
自分以上に「相手との繋がり」を
最優先にしてきた日本文化が生み出した、
とても温かい言葉です。
次に「すみません」と口にした時、
自分がどれだけ相手を思いやり、
場を大切にしようとしているか、
ぜひ思い出してみてください。
「すみません」は、私たちが
誇るべき「気配りの文化」そのものなのです。
