「おにぎり」じゃない。
僕が「おむすび」を握る理由。
僕には、大切な命があります。
20歳を超えて、もう30歳が近い
すっかり大人びた顔を見せるようになった、
1番上の娘。
そして、
泥だらけになりながら、
今を全力で生きている、
小学生高学年の下の息子。
ふと、
まだ小さかった頃の小さな手が、
自分の指をぎゅっと握り返してくれた、
あの日の感触を思い出します。
言葉も話せなかったあの命が、
ここまで大きくなってくれた。
親にとって子どもたちの存在は、
いくら感謝しても足りない、
生命の奇跡そのものです。
みなさんは、
なぜ我が子を
「息子(ムスコ)」「娘(ムスメ)」と
呼ぶのか?
考えたことがあるでしょうか。
この「ムス」という響き。
実は
「苔(こけ)がむす」の
「ムス(生す・産す)」——
国家!君が代の歌詞にも
つまり、
命が尽きることなく湧き上がり、
繁栄していくことを意味しています。
日本の古事記には、
天地が始まったときに現れた
神々が描かれています。
「高皇産霊(タカミムスヒ)」
「神皇産霊(カミムスヒ)」
この「産(ムスビ)」
こそが、命をこの世に生まれ出でさせる
聖なる力。
男と女が固く「ムスばれる」からこそ、
かけがえのない新しい命——
「ムスコ」と「ムスメ」が、
ここに生まれてくるのです。
だからこそ、
僕は「おにぎり」ではなく、
**「おムスび」**をこさえます。
熱々のご飯を手に取り、
掌をぎゅっと合わせて作る、
あの「三角形」。
あれは、
神様が宿る**「山」**の形です。
古代の日本人は、
自然や山に神様の存在を感じ、
畏敬の念を抱いていました。
ご飯を山の形に握るという行為は、
神様の命の力を米の一粒一粒に込め、
大切な人の体に満たしてほしいという、
切実な祈りだったのです。
僕は飲食業を営み、「花鳥風月」と
いう言葉を大切にしながら、
日々お客様をお迎えしています。
ランチでお出ししている、
「おむすびセット」。
あの「おむすび」も、
ただの料理ではありません。
お店の暖簾をくぐり、
今日という日を
懸命に生きるお客様一人ひとりに、
僕の感謝と、
健やかな命への祈り、
そして温かな想いをギュッと結び込んで、
お届けしています。
自分の手を離れ、
それぞれの道を歩んでいく子供たちへ。
そして、
縁があって僕のお店に足を運んでくださる、
大切なすべてのお客様へ。
あの日、
我が子の小さな掌を握りしめた温もりを、
今度はこの手で握る
「おむすび」に込めて。
今日という日を生きるあなたへ、
魂の祈りを、結び届けています。


