雑草と言う草は存在しない(山口県岩国市中華料理花鳥風月) | 山口県岩国市 中華料理 Chinese Dining 花鳥風月 のブログ

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『雑草』という名前の草が存在しないように。







僕たちは、名前を知らない足元の草を、

まとめて「雑草」と呼んでしまいがちです。

けれど、本当はひとくくりにできる

草なんて一つもありません。


一つひとつに名前があり、

それぞれ違った姿があり、

懸命に生きる命があります。

そんな「それぞれの生き方」について

考えていたとき、

平安時代の歌集

『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』に

収められている、

ある一つの歌を思い出しました。


梁塵秘抄に詠まれた「恵みの雨」


釈迦の御法(みのり)は

ただ一つ一味の雨にぞ似たりける

三草二木(さんそうじもく)はしなじなに

花咲き実なるぞ

あはれなる

(『梁塵秘抄』より)







この歌は、

仏様の教えや慈悲を「雨」に

例えて詠んだものです。

天から降り注ぐ雨は、

どんな草木にも等しく、

たったひとつの同じ雨として降り注ぎます。


けれども、

同じ雨を受けたからといって、

みんなが同じ花を咲かせるわけではありません。

大きな木も、小さな草も、

それぞれの姿で花を咲かせ、実を結びます。


「あはれなる」が本当にたたえているもの


この歌は、

最後に 「〜花咲き実なるぞ あはれなる」 と

結ばれています。


古語での「あはれ」は、

単に「悲しい」という意味ではありません。

心揺さぶられるような深い感動、

しみじみとした尊さ、

そして愛おしさを表す言葉です。



僕が思うに、

この歌が「あはれなる」とたたえているのは、

それぞれが自分の花を咲かせている

『景色』そのもののことだと思うのです。


もちろん、

たった一輪の花がぽつんと

咲いている姿も尊いものです。







けれども、

形も色も背丈も違うさまざまな花が咲くことで、

一輪の花だけでは決して生み出せない、

豊かで美しい「景色」が生まれます。


僕たちも、きっと同じ

これは、僕たち人間の生き方にも

まったく同じことが言えるはずです。


誰かと同じ「正しい人間」にならなくてもいい。


「雑草」という人間が存在しないように、

僕たち一人ひとりにも違う名前があり、

違う姿があります。

同じ世界で、

同じ命の恵みを受け取りながら、

僕たちはそれぞれの根っこで踏ん張り、

それぞれの花を咲かせている。







 不器用な色かもしれない

 目立たない小さな花かもしれない

 咲く時期が人より少し遅いかもしれない

けれど、

それぞれの命がそれぞれの花を咲かせながら、

共にこの世界をつくっている。

その違いがあるからこそお互いを引き立て合い、

世界という大きな景色を色鮮やかに彩っている。

その姿こそが、

心から

「あはれなる=なんて愛おしく、尊いのだろう」と

思うのです。

あなたはいま、

どんな色の花を咲かせようとしていますか?


周りと違っていても大丈夫。

あなたのその姿が、

この世界をもう少しだけ美しくする

大切なピースなのですから。