崇徳寺から空海寺まで歩いてやって来ました。
 
思ってたより遠かった…。
 
かと言って、バスに乗るのもったいないしな~。

『空海』と名前のついた寺院は、全国でもここだけなんだそうです。
 
これまでに皆さんのブログでものすごく入りにくい雰囲気と言われてましたが、この奥まってるところがそう感じさせるのかな?
実際のところは丁寧に対応していただけるということなので、安心してピンポンします。
 
山門の横には棚田嘉十郎さんのお墓。
棚田嘉十郎さんは、大正時代に私財を投じて平城宮跡の保存に尽力された方です。
 
当時の平城宮跡は荒れまくってたそうですから、この方がいなかったら今頃どうなってたんでしょうね。
 
平城宮跡歴史公園の朱雀門広場に銅像があります。
大半の人は、『お前誰やねん』やと思うんですけど…。
 
僕も最近までそうでしたw
 
 
空海が東大寺の別当になった時に、自分の住居に建てたものが空海寺の始まりとされています。
 
その伝承から『弘法大師南都草庵』という別称があるそうです。
本尊は秘仏の阿那地蔵尊。
 
弘法大師が自ら彫った石仏を、これも自ら作った石窟に安置したそうなんですが、石窟は江戸時代に本堂を再建した時に壊してしまったそう!Σ( ̄□ ̄;)
 
なんでそんなんするん!?
 
こちらは本堂前の矢田地蔵尊。
大和郡山の矢田寺から移されたものでして、左右に五体ずつ『十王像』が彫られています。
 
本堂の左側の建物が庫裏になってまして、こちらにお声掛けさせてもらいました。
聞いていた通り、ものすごく丁寧に対応してもらいまして、ありがたく御朱印をいただいたのでした。
 
次は戒壇堂へ向かいます。