9月歌舞伎座『吉野川』 | ふうせんのブログ

ふうせんのブログ

小林蕗子のブログです。2013年5月に始めたときはプロフィールに本名を明示していましたが、消えてしまいましたので、ここに表示します。。
主に歌舞伎や本のことなどを、自分のメモ的に発信したいなあって思っています。よろしく!!

前回のブログで、「歌舞伎座・夜の部『吉野川』、玉三郎の定高は必見です」と、書きました。

ところが、私はちゃんと歌舞伎を見るようになって、やっと10年余ですから、『妹背山婦女庭訓』の「吉野川」について詳しく知っていて、お勧めするということではないんです。
今月の舞台もまだ拝見していません(私の観劇予定は21日)ので、今日は、「吉野川」について記すということではなくて、私が初めてこのお芝居を見た時の状況を振り返りながら、
「初めてご覧になる方は、予習をしてから観劇されたほうがいいですよ」ということをお伝えしたいと思ったのです。

『妹背山婦女庭訓』「吉野川」の太宰後室定高のお役は、六代目中村歌右衛門が大事にしてこられたもので、昭和35年(1960年)1月歌舞伎座、43歳での初演(大判事清澄は8代目松本幸四郎=白鸚)から、平成3年(1991年)4月、74歳出の歌舞伎座(大判事清澄は当代中村吉右衛門)での公演まで11回勤めています。
このお役は、歌右衛門のような力量のある立女形でなくては、勤められないお役。

私は、残念ながら、歌右衛門の定高は観ていません。
ただ、歌右衛門関連の書籍を見ますと、必ず「吉野川の定高」のことが書かれていますので、とても気になる演目でした。

坂東玉三郎は、平成11年(1999年)10月、49歳の時に雛鳥を初演し(大判事は当代幸四郎、定高は7代目中村芝翫、久我之助は市川染五郎)、平成14年1月、52歳で定高を初演(大判事は吉右衛門)。
こちらも、残念ながら、私は拝見していません。

―――――――――――――――――

私が観たのは、平成19年(2007年)6月歌舞伎座で、大判事を幸四郎、定高を坂田藤十郎、久我之助を中村梅玉、雛鳥を中村魁春、という配役でした。
その時は、「吉野川」のまえに、「春日野小松原」「太宰館花渡し」がつきました。
坂田藤十郎は関西の方ですので、文楽の演じ方を元にしたやり方ということでした。

今回の「吉野川」に際して、一番言われることは、舞台装置の華やかさ、立派さ。両花道が設営されて、それを挟む客席は吉野川という、壮大な構想。
物語は、大化の改新を背景にした、日本版「ロミオとジュリエット」ということ。

さて、その時私は、何の予備知識も持たずに歌舞伎座に行きました。
確かに華やかな舞台でしたけれど、場面転換も何もなくて、ラブラブのシーンもなくて(笑)、約2時間。
川を挟んで、下手(妹山側)は太宰の下館、上手(背山側)は大判事の下館で、それぞれに物語が進展するだけなんです。

もちろん、有名な雛人形も飾られますし、大勢の腰元たちにかしずかれる雛鳥も可愛いです。
でも、義太夫の語りと役者のセリフをしっかり聞き取らないと、どこにこの有名なお芝居のポイントがあるのか、掴みどころがないままに、2時間も我慢しました。
正直に言いますと、途中で眠くなってしまって…、わけが分からなくなりました(すみません。苦笑)
だいたい、見慣れている「三笠山御殿」の登場人物とは全く無関係で、どういう繋がりがあるのー

――――――――――――――――

それで帰宅後、筋書を読みながら、やっとわかりました!
〈このお芝居は、役者の藝をじっくり観るものなのだ!!〉
〈そのためにも、しっかりと予習をしたほうがいい〉と。

ストーリーや義太夫の語りに気を取られていると、役者の藝をじっくり感受するゆとりがなくなるんです。
歌舞伎などの古典もの、オペラやバレエも、何回も再演されているものは、ネタバレとは関係ありません。

能やオペラの場合は、絶対に予習しますよね。
原語上演のオペラで字幕が出るばあいでも、予習していかないと、高いチケット代を台無しにしてしまいます。
歌舞伎の場合でも、予習して行ったほうが良い演目があると思います。

「吉野川」の場合、『妹背山婦女庭訓』の本筋が、[朝廷に謀反を起こす蘇我入鹿を誅伐するまでのストーリー]と考えると、
そこから、ちょっと外れての外伝的なお話[独裁者・蘇我入鹿の猜疑心が原因で、相思相愛の久我之助と雛鳥が命を断つ、という話]ですから、予習していかなくとも、この場だけで、十分通じるとも思われます。

けれども、「吉野川」の主役は久我之助と雛鳥ではなくて、その親、大判事清澄と太宰後室定高なんですね。
清澄と久我之助の父子、定高と雛鳥の母娘、その親子の関係や情、あるいは清澄と定高の確執と情、そこのところが見せ場になるわけです。
この演目の配役では、大判事清澄=中村吉右衛門が書き出しの主役になっていますし、舞台でも上手側が大判事の下館ですので、私も男性を先に書きました。
が、私としては、この演目の主役は女性、太宰後室定高=坂東玉三郎だと思っています。
タイトルに『妹背山婦女庭訓』とあるように、歴史に翻弄される婦女=女性の生き方が描かれている作品だと思うからです。

主役が女形だからこそ、歌右衛門さんがたいへん大事になされていたのだと思います。とても立派な定高だったと聞いています。
今の女形さんの中で、歌右衛門に拮抗する立女形は、玉三郎しかいません。
その玉三郎、14年ぶりの定高です。そして、今後いつ再演されるかは分かりません。
再演されたとしても、同じ配役(雛鳥は尾上菊之助、久我之助は市川染五郎)かどうかはわかりません。
だから「必見」と書きました。

ところで、太宰後室定高の太宰って、何かしらと調べてみると、
菅原道真で有名な大宰府は九州ですよね。平安時代は九州にしか残っていないのですが、大化の改の頃の制度では、地方の主要地にあった地方行政組織のことのようです。
定高の夫は太宰少弐(だざいのしょうに)という行政官(今の中央省庁の事務次官かな?)でしたが、亡くなったため、定高は「ご後室さま」になったのですね。

この時代、女性でも家の頭首になれるのかしら?と思ったのですが、そうではなくて、娘の雛鳥に婿を迎えて、太宰の家を相続させたいと考えて、入鹿に願い出た、ということが〈初段の大内〉に出てくるんですね。
家を存続させないと、家族だけではなく、家臣たちが路頭に迷うことになりますよね。
ですから、定高は太宰の家の存続を図らねばならない立場の女性です。

そういう立場の定高に対して、入鹿は、娘・雛鳥を后として差し出すよう命じます。
母の立場と娘への想い、久我之助を恋する娘・雛鳥の立場…。
その厳しい状況を、母の玉三郎と娘の菊之助がどのように演じきるのか、最大の見どころです。
玉三郎が、定高の心根をどのように捉え、演じるのか、そこをじっくり観たいと思っています。

――――――――――――――――

一方、雛鳥の恋人・久我之助は、入鹿から〈天智帝の寵愛をうけている采女の局を匿っている〉との嫌疑をかけられた上で、入鹿に仕えるよう命じられるわけですね。
父・大判事清澄(吉右衛門)と息子・久我之助(染五郎)の確執と情。ここも大事な見どころです。


その「吉野川」は、『妹背山婦女庭訓』の三段目の後半にあたります。
(ちなみに、「三笠山御殿」は四段目)

ここにたどり着くまでには、蘇我蝦夷子と入鹿親子の凄まじい闘いもあるし、大化の改新をバックにしながら、史実とは離れての自由奔放な、スケールの大きいストーリーが展開されます。

インターネット時代になって、そのストーリーのあらましが検索できるようになりました。

私はとりあえず、独立行政法人日本芸術文化振興会が運営する【文化デジタルライブラリー】を観ました。
サイトはこちら http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/exp4/index.jsp
随所に動画や画像もはいっていて、楽しかった。

次いで、文楽の床本にも目を通しました。
こちらのサイト http://homepage2.nifty.com/hachisuke/yukahon/imoseyama.pdf
仮名遣いなどが昔風ですけれど、慣れればすっごく面白い!!
ちにみに、「吉野川」は文楽では三段目の「妹山背山の段」、このサイトの28頁からです。
そこだけ読んでも良いけれど、全段読んでも、1時間ぐらいで読めます。
歌舞伎の場合は、義太夫の太夫さんが語るところと、役者さんが語るところに分かれますし、床本通りではありませんが、雰囲気はつかめると思います。
そういえば、いつぞやの仁左衛門を特集したテレビ番組で、仁左衛門さんは、「携帯で床本が読めるようになって、便利になった」なんて言ってらっしゃいました。

――――――――――――――――

すでに今月の舞台をご覧になった方々のブログでは、前回の私のように眠る人はいらっしゃらないようで、吉右衛門と玉三郎の緊張感あふれる舞台に大喝采の様子が伝わってきます。
こののブログは、すっかり年寄りじみてきた私の「おせっかい」かなー、アップするのどうしょうかなー、なんて思いながら、アップします。


9月5日は、新橋演舞場の〈市川月乃助改め二代目喜多村緑郎襲名披露〉九月新派特別公演・夜の部にいってきました。
演じられた『婦系図(おんなけいず)』、この演目も、役者がそろわないと、通し上演が難しくなっているのじゃないかしら。
これについても書きたいけれど、「筋書」を買ってない(歌舞伎会の100円割引券忘れた・笑)ので、8日に昼の部を観てから書きます。
尾上松也くんの妹、春本由香さんが、酒井妙子役で初舞台です。とっても可愛いの。
このお役は、初代の水谷八重子も演じていて(テレビでみました)、大幹部の役者が若いころに演ずる、とっても重要な役。
もちろん、主役の早瀬主税を演ずる二代目喜多村緑郎も素敵!!
今は書ききれないけれど、是非是非、演舞場も観に行ってねー!!

※ なお、敬称についてですが、プロの芸術家や文筆家の方は広い意味での公人ですので、舞台そのものや作品について記す時は、私は敬称を付けません。昔からの慣例です。プライベートな内容と思われる時は「さん」の敬称を付けます。よろしくご了承ください。