クリスチャンに衝撃、キリスト教ラジオがポルノ専門局へ - 米国
◆ポルノ放送局誕生
キリスト教専門ラジオがポルノ放送局に変わったから、騒ぎが大きくなったらしい。ただ、記事にもあるように、オーナーはビジネスを優先させただけであるが、もちろんラジオとはいえ、放送局というものは公共性を持っているもの(聴取者の少ないローカル局であっても同様)。だから、もし放送内容を変えるのであるならば、事前告知は必要であろう。それがなされてないなら、少々文句を言われても仕方のないことである。まあ、聴取率も上がったようだし、こういう騒ぎになったことで注目もされるはずだ。オーナーとしてはしてやったりというところではないだろうか。
◆ニーズがあるから供給がある
どんな商売でも「需要があるから供給がある」とオレは思う。いくら提供したって社会にニーズがなければ、その商売は成り立たない。ということは、やはり、商売の出発点は、ニーズがあるところで仕掛けようということだろう。
◆金は人を変える
ポルノ(=日本ではエロ、もしくはフーゾク)はビジネスになる。それは間違いない。しかし、金になるからこそ落とし穴も多い。金を手にすると人は変わる。また、金銭感覚も麻痺してくる。当然支出は多くなる。さらに稼ごうとして、してはいけないことにまで手を出して失敗するというパターンはおどろくほど多い。オレは歌舞伎町でその手の失敗を数多く見てきた。欲がなければ成功は難しい。しかし、ありすぎてもダメなのだ。このオーナーがどういうキャリアを持っているのかは知らないが、落とし穴に落ちないことを祈るばかりである。
◆悪い社会的認識
このニュースからでもわかるように、フーゾクは社会的に忌むべきものと認識されることが多い。その理由はさまざまであろう。性を売るということに対して、倫理的に受け付けられないという人だって少なくないはずだ。それは仕方がない。個人的な問題だからである。しかし、いかがわしい人間が集まっている場所だから、というような理由に関しては改善する必要はあるだろう。確かにそういった一面はあるのだ。人間が人間として生きていく上で基本的な約束事すら守られない場合すらある。平気で嘘をつき、人を裏切り、陥れる。そんな人間でも生きることが出来てしまう。それでは人の信頼は得られない。
よく言われるのがオンナたちのことである。誰かが儲けるために「可哀想な」オンナたちを無理矢理働かせている、と思っている人は多いだろう。世界を見渡せばそういうこともある。しかし、こと日本に関しては、そんなことはまず無い。オンナたちは自分の意志で働いている。もし嫌になって辞めたくなったら、すぐにでも辞められるのだ。そういう誤解は、是正していく必要があるだろう。そういうイメージを払拭するには、中にいる人間たちが努力をしなければならない。簡単ではないだろうが、それはやるべき課題である。