ブリトニー・スピアーズの妊婦ヌード広告、晴れて掲示 - 東京
http://www.afpbb.com/article/832688
◆主観の問題
記事にもあるように、このポスターが貼り出されるまでいろいろな経緯があったようだ。ブリトニー・スピアーズの妊婦ヌードがエロであるか、それとも芸術であるか、そのあたりが争点なのであろうが、オレにしてみればそんなことはどうでもいい。所詮は主観の問題であって、それについての結論を出すことは出来ないからである。見る者によっては女性の美しさを見事に写し取ったものに見えるだろうし、劣情を催すことだってあるだろう。この広告の作り手も、当然、有名タレントの妊婦ヌードということで話題を呼びたいと思っただろうし、そういう計算もしていたはずだ。
◆担当者の判断
だからといって、この写真が単なるエロと断定することも出来ない。見ようによっては人間の生命力を美しく捉えた作品として見ることもできる。それはあくまで見る者に委ねられる問題なのだ。たぶん、担当者は最初、この写真をエロだと思ったのだろう。だからこそ変更を求めたのだ。確固たる信念でそう決めたのなら、それはそれでしょうがない事とするしかない。
◆事なかれ主義
しかし、その後がまずい。周囲の声に負けて、修正無しのポスターをそのまま掲示することを認めてしまったのだ。だったら何故、最初に修正を求めたのか。問題があると思ったからこそ修正の必要性を感じたのではないのか。この方針変更から見えてくるのは、あまりにも日本人らしい事なかれ主義だけである。何事も自分の責任で決めることが出来ず、周りの目を気にしながら、問題は起きないか、自分に責任が来ないか、とおどおどしている姿だけが目に浮かんでくるのだ。それなら最初からそのまま掲示すればいい。自分で責任を取る気概もなくて反対する道理はない。
◆飼い慣らされた日本人
最近のニュースを見ているとこういった出来事があまりにも多い。日本人は寄らば大樹の陰、とばかり、その保身のために牙を抜かれ、すっかり飼い慣らされてしまってはいないだろうか。まだ夜の世界に生きる人間の方が決然としている。頼れるのは自分だけ。全ての判断は自分に返ってくることになる。だからこそ自分の判断は大切だし、頭も使う。
もちろん安定した生活を営むことは大事である。だからといって己の全てを委ねてしまっていいということではない。時には意地を張ることだって必要なこともある。