理髪店になった伝統的住居 - 中国
◆失われる街並み
かつての日本もそうであったように、急激な開発によって、北京の街並みも大きく様変わりしているようだ。それまでの中国の歴史やそこから生まれた文化の象徴である街並みが、今後も再開発の名の下に壊されていくのだろう。それを発展と呼ぶのは簡単であるが、そんな一言で片づけてしまっていいのだろうか。確かに便利で快適な生活は手に入るだろう。しかし、それと同時に多くのものを失うことにもなる。
◆なきに等しい日本文化
ある作家は言った。「文化はその国の気候や風土、自然によって生み出されるものである」と。その作家の言葉が真実だとするならば、日本の文化など、もはや無いに等しいのかもしれない。人間に絶対必要な、衣食住全てにおいて、日本独自のものが失われている気がする。
◆尊敬すべき国々
今や日本は世界有数の先進国である。古き時代をこうして懐かしむことが出来るのも、恵まれた生活環境が用意されているからである。いくら愛おしいと思っても、今より不便な生活に戻ることは出来ないのもまた真実だ。その点、尊敬に値するのがヨーロッパの国々。街並みを守るために、自分の持ち家ですら自由に建て替えられないのだ。先祖たちが生み出してきた独自の文化を存続していくために、少々の不便は我慢している。彼らは、それが伝統なのだ、という。伝統は守られるべきで、先祖がそうしてきたように私たちもそうするのだ、と。
◆個性のない歓楽街
日本人にも先祖を敬う気持ちは当然ながらある。しかし、その対象になるのは人であって、その人が大切にしてきたこと、守ってきたものまでも敬うことはまずない。どこへ行っても同じような街並みがあり、また同じ程度の生活をすることが出来る。歓楽街もしかり。札幌へ行こうが博多に行こうが、その中身に大差はない。どこに行っても同じような形態の複合ビル、店舗、サービスがあり、同じようなオンナが居る。いっそのこと、そういう地域の文化を活かしたような企画を立てて一勝負してみても面白いかもしれない。失われつつある文化、そしてそれを許容する日本に対するせめてもの抵抗である。