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光と闇の思案

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「性差別発言」で非難受ける聖職者、辞職を拒否 - オーストラリア

http://www.afpbb.com/article/1023499


◆宗教的タブー
 宗教的な禁忌のほとんどない日本人から見れば、こういった発言は理解しがたいものがある。しかしご存じの通り、イスラム教では女性が肌を隠すことが当然である。もともとイスラム教では、人間は弱いものであるという前提があるそうで、女性が肌を隠すのは、男性の理性が性欲に負けてしまうかもしれない、という危惧から生まれた習慣らしい。つまり、男の理性を崩壊させないためには、女は肌を隠さなければならない、という理屈だ。女は家庭を守り、その中だけで生きていけばよい、というような男性至上主義からきたものではないようである。

◆女性に対する抑圧?
 オリンピックなどのスポーツの祭典で、イスラム圏の国々から出場する女性選手が少ないのは、このタブーが原因になっている。陸上競技や水泳はもちろん、他の競技でも、肌を露出しないで出来る競技は少ない。アーチェリーや馬術など、限られたものになってしまう。もちろん、練習時も肌は露出できないのだろうから、高いレベルで競技をするには、やはりかなりの制約があると思われる。ただ最近では、肌を隠さなければならない、ということは女性に対する抑圧である、という意見もイスラム社会の女性から出てきているということで、もしかしたら今後は変わっていくのかもしれない。

◆他者を理解すること
 このイスラム指導者の発言はかなりの反発を買ったようだ。まあ「性的暴力を自ら招く、“むき出しの肉”のようなもの」とまで言ってしまっては、それも当然であろう。オーストラリアはイスラム社会ではないし、その禁忌を持ち込まれても迷惑でしかないはず。同じ発言を日本でされたと考えればわかりやすい。「この人、何を言ってるの?」と思う人がほとんどだろう。ここで問題になるのは、他者を受け入れる姿勢の欠如だと思う。全く違った背景を持つ他者を自分に同化させることなどははなから無理な話である。ならば、他者を理解し、尊敬することが必要だろう、とオレは思う。

◆良い教訓
 どうしても理解しがたい言動に出くわすことは、生きていく上でよくあることである。オレの場合、そういう場面に直面したことは決して少なくない。というより、むしろ、日常茶飯かもしれない。まるで異文化世界から来たのではないかと思われるようなオンナは、夜の世界には結構いる。腹の立つことも多い。しかし、このイスラム指導者が犯した間違いを教訓にしようと思う。大切なことは、人が幸福になることであって、それはどんな形でも構わない。自分の狭い了見を押しつけるようなことだけはしないようにしたい。