ポイ捨て増加、厳罰の抑止効果薄れる - シンガポール
http://www.afpbb.com/article/1032224
◆氾濫するゴミ
今、巷にはゴミが氾濫している。大量生産、大量消費、大量廃棄の時代なのだから、それは当然のことなのだ。ゴミが嫌だったら、その社会構造から見直さなければ、根本的な解決にはならないだろう。近年になって、地球環境を大切にしようという意識は確かに高まってきた。マスコミに登場する度合いも増えた。しかし、それは人類共通の認識にはなっていない。「ゴミをポイ捨てしてはいけない」ということは、「人のものを盗んではいけない」「人を傷つけてはならない」というような、全人類が共有しうる概念であってしかるべきなのだが、それは実現できていない。
◆傲慢な人間
街を歩いていると、そこかしこにゴミが散らばっている。歌舞伎町など、その最たるものである。空き缶、タバコの吸い殻、ファーストフードの食べ残し、商品の包装紙。ちょっと気にするだけで、それらは至るところで発見することができる。ゴミ箱が用意されていないこともその要因の一つだろう。しかし、ゴミ箱がないからといって、平気でポイ捨てしてしまう人間にこそ、その原因はある。人間は傲慢になった。それと同時に社会も傲慢になった。個人の利益を追求するあまり、自分以外のものに対する関心が失われてしまったのだ。
◆ワガママな生き方
他者に対して無関心でいることは、快適な事かもしれない。煩わしいことから解放されることになるからである。余計なことを考える必要もないし、自分の好きな生き方をすることができる。しかし、それでは社会が成り立たない。所詮、人間はたった一人で生きられない生き物なのだ。それに、社会に参加せずに生きる方法は今のところ存在しないと言っていい。だから、他者に対して無関心でいることは、自分の都合だけで生きていると言われても仕方のないものなのだ。つまりはワガママだ。
◆傲慢と謙虚
オンナのワガママは、時に可愛い。特に恋愛においてはそうである。プロフェッショナルな夜のオンナは、そのあたりの機微を微妙に利用する。売れるオンナは、自己主張しながらも出過ぎず、引き際も心得ている。傲慢さと謙虚さが同居している。それがテクニックなのだ。人間関係を円滑にするためのノウハウの真理は、昼も夜も関係ないが、人間それぞれの傲慢さをなくすことは簡単ではない。それならば、それと同時に同じくらい謙虚さを持つ努力をしてみたらどうだろう。