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光と闇の思案

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インターネットで出会うタイ人女性と白人男性 - タイ

http://www.afpbb.com/article/1193933


◆日本も?
 普通に考えればこのニュースはバカバカしい。アメリカに住む彼が、わざわざ遥か遠くに位置するタイから花嫁を迎えなくてもよさそうなものである。酔狂な奴だな、としか思えない。まあ、アメリカの女性がどんなものであるかは、具体的にはよく知らないので、それ以上の言及は避ける。ただ「1960年代に起きた米国の男女同権運動は、アメリカ人女性の女性的特質を台無しにしてしまった。アメリカ人女性は他国の女性が持つ、女性らしさを持ち合わせない」という言葉は、今の日本をも言い表しているような気がしてならない。

◆空々しい男女平等
 「男は男らしく、女は女らしく」。こんな言葉は既に忘れられてしまっているようだ。男女同権ではあるべきだろうし、雇用など機会は均等に与えられるべきだとも思う。しかし、男は死ぬまで男だし、女はどこまでいっても女である。男には男の特徴があるだろう。また、女には女だけが持つ特質がある。それを捨ててまで男女平等を謳っても、その言葉はあまりにも空々しく聞こえてしまう。男は外で働き、女は家庭を守るべき、などというつもりはない。能力のある女性ならバリバリ働いてもいいし、逆に家庭を守る男がいても、それはそれで構わない。

◆男らしさ、女らしさ
 しかし、基本的に男は男であることの、そして女は女であることの意識だけはなくして欲しくはない。性差は、どう社会が変化しても変わることがないのだ。だったら、やはり男らしさ、女らしさは当然考えなくてはならない。誤解を恐れずにいうと、男はあくまでも力強く、凛々しく、そして女は可愛らしく、優しく、美しくあって欲しいものである。この「らしさ」というのは、男と女の身体的特徴から出来上がったものだ。それによって女性の社会進出が抑圧されたという負の歴史もあるが、社会の構成上、それが一番合理的でもあったのだ。

◆男は男、女は女
 日本において、男が弱くなり、女は強くなった、という感じは確かにある。これまで抑圧されていた女性の能力が見直され、社会からその力を望まれるようになったということもあるだろう。しかし、それによって女が男になる必要はない。その逆もしかり。男として生まれたら女を守るべきだ、という気概くらいは、どんな社会になっても持ち続けて欲しいと思う。男が女に媚びへつらい、女が男を顎でこき使うというような光景は決して美しいとは思わない。日本の男が、女らしい女を求めて外国から嫁をもらう、というようなことが流行らないよう、今は願うばかりである。