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光と闇の思案

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大衆紙編集者、王族盗聴で禁固刑 - 英国

http://www.afpbb.com/article/1276404


◆表現の自由
 表現の自由という言葉がある。本来ならば自由であるべきものなのだとは思う。しかし、今のマスコミ(特に日本の)に、それを声高にいう資格があるかどうかと問われたら、首を傾げざるを得ない。表現の自由とは、表現する側に正しい見識というか、良識があってこそ成立するもので、何でもかんでも伝えればいい、というものではない。TV局、出版社、新聞など、マスコミと呼ばれるものは、そのほとんどが、まず稼ぐことを主眼に置き、そのための表現をしている。売り上げ部数、視聴率を上げるための手段なのだ。


◆マスコミの存在意義
 マスコミは何故存在するのか。その使命として真っ先にあげられるのが、より良い社会を実現するためのチェック機関であるということである。そのために、いろいろな役割がマスコミには課せられている。国政をチェックし、おかしな政策決定があったら批判し、場合によっては世論を作る。また、教育や啓蒙も大切な役割であろう。しかし、その全てはより良い社会を作ることに繋がっていなければならないはずだ。ところがどうだろう。


◆マスコミに求められるもの
 もちろん、どんな事業・商売であれ、利潤追求は重大課題である。運営を続けられないようでは、表現することすら出来なくなる。だから売り上げ部数や視聴率を気にすること自体は悪いことではない。しかし、本来の使命を忘れて、それを最優先させてしまっては、それこそ本末転倒である。マスコミの人間に求められるのは、豊富な知識に裏付けされた正しい見識、冷静かつ客観的に物事を眺められる目、的確な表現力、そしてより良い社会を作っていこうとする情熱だろう。決して金儲けだけではないはずだ。


◆人間の使命
 どんな仕事に携わろうとも、人間として生まれた全ての人には使命があるとオレは思う。そのそれぞれが、自分の属する社会の中で、自分の使命を忠実に果たすことが健全社会を作る基本となる。政治家には政治家の、商売人には商売人の、職人には職人の使命がある。当然、夜の世界にもその住人に課せられた使命があるのだ。その使命をおざなりにしてしまっては、今の日本のようにおかしな社会が出来あがるばかりである。あまりにも利己的な人間が多すぎると思う。昨今の人心のモラルの低下や、不可解な事件の多発、当然その責任の一端はマスコミにもあるはずだ。日本人は、もう一度、自分の足下を見直す時期にきているような気がしてならない。