大地震をおこして
世界中を皆殺しにすることができないのなら、
考えても無駄だ。
世界の中で、やっていくしかない。

「人生は恋愛の敵よ」

私は、最後にひとことだけ秋美に釘をさす。
「何のことだかわからないでしょうけど」
秋美は笑わなかった。
きょとんともしていない。
「わかるわ」
と言って、スツールから降りた。
「じっとしてて」
私のうしろに立ち、
背中を抱きしめて
肩ごしに頬と頬をつける。
「人生は危険よ。
そこには時間が流れてるし、他人がいるもの。
男も女も犬も子供も」
しずかな声で囁かれ、
私は根拠もなく安心してしまいそうになる。
「私の方が、そうね、すこし社交的かもしれない」
秋美の髪が私の首に触れる。
それはやわらかくて軽く、もう濡れても湿ってもいない。
「でもそれだけのことだわ」
意志に反して、私の皮膚が秋美の皮膚を味わおうとする。
過去も未来もなく、今夜どうしても。
「そしてね」
くくっと笑い声をもらし、秋美は言った。
「私たちは危険なものが好きだったでしょう?
忘れちゃったの?」
いつか、と、私は考える。
いつか、私たちは別れるかもしれないし、
別れないかもしれない。
私はすでに、秋美以外の人間を
胸の内で皆殺しにしてしまったのだ。
「機嫌は直った?」
直ったわ、とこたえる以外になかった。
私はたぶん幸福なのだ。
すくなくとも今夜のところは。
店の人に頼んで、私たちは三杯目のビールを
グラスごと持って帰った。
あした返しに来るから、と言って、秋美が交渉した。
「歩きながらうたうのも好きだけど、
歩きながらお酒をのむのも好きなの」
と、秋美は言う。
「両方する?」
「するっ」
私たちは手をつなぎ、小さい声でうたいながら歩いた。
ときどきそれぞれビールをのんだ。
むし暑い夜で、ビールはぬるく、
濃くやさしい味がした。
「熱帯夜だね」
「うん。熱帯夜だ」
一度、立ちどまって深いキスをした。
ビールはぬるいのに、
唇はつめたく新鮮な味がした。
「沖縄も熱帯夜だったね」
「うん。熱帯夜だった」
「あいしてるあいしてるあいしてる」
私は言い、嬉しくなって駆けだしてみる。
「千花ちゃん、子供みたい」
秋美が目をほどいて笑う。
「あー、幸福だ」
私たちはそう言いあう。
空はもう群青色じゃなく、
かといってほんとうの黒でもない。
「ずーっとこのままならいいのに」
私が言い、
「ずーっとこのままだよ」
と、秋美が言う。
そして二人ともいっぺんに噴きだしてしまう。
「そらぞらしい」
と、非難しあう。
マンションに帰ったら、
私たちはくっついて眠るだろう。
たぶん今夜は性交はしない。
ただぴったりくっついて眠るだろう。
男も女も、犬も子供もいる世の中の片隅で。

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長い長い新幹線の旅。

読んでいる本に出てきた
幸福なレズビアンたちの話を
長すぎる道程の中で
ほとんど写経のように打つ。




沖縄に行きたい。


歩きながらうたい、飲みたい。