思い出す日

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今日は、思い出す日。

4年前の3/11、震災発生時は大学生向けの会社説明会真っ最中でした。
立ちながら話していましたが、人生でかつて経験したことのない揺れを感じ
目の前の大学生達の「この人はどういう判断をするのだろう?」という視線を浴びて、
私はただ、初対面同士の大学生達がパニックになることを恐れ
揺れてる間、ずっと笑わせました。
もちろん、東北があんな悲劇的な状況になってるとは知らずにですが。

いろんなことがありましたが、
その時の説明会参加者の一人が、その後選考を通り、内定し
入社して、3年が経とうとしています。

先程電話で会話した彼は、変わらずに前向きに仕事に取り組んでくれています。
弊社の技術者として(文系出身ですが)入社2年目で
国家資格である第1種電気工事士にも合格し、
非常に周りの評価も高い状態で、頑張っています。

「今日がどんな日かわかる?」
「震災の日ですよね」
「ということは、俺達が初めて会った日だよ。これからも頑張ってな」
と、笑いながら伝えました。彼も笑っていました。

私は微力で、たいしたことはできませんが
自分の周りの人達(家族、社員達、友人達)が笑顔でいれるよう
できることはしたいと思ってます。

阪田さんが書いていた
「LOVE&PEACE」で「LAUGH&PEACE」
って言葉が、とても好きです。



最後に、4年前に震災後に書いていた自分自身の文章を
自戒をこめてそのまんま転載します。
忘れないように。

以下


「俺が俺であるために」

あれは小学校か中学校の頃だと思うんだけど、
社会の教科書かなんかで
「オイルショックの時にスーパーマーケットにトイレットペーパーを求めて殺到してる人々」
みたいな写真を見た。

俺は「戒め」のようなニュアンスをそこに感じて、
はっきりと失笑した。

いくら大変な時にもそんなパニックになったとしたら
それは、デビルマンのラスト近くになって
暴徒化してる人々とたいして変わらないじゃないか。
あれは、悪魔以上に悪魔的になっている人々を描いている場面だったのではないか。

武士は食わねど高楊枝って言葉を知らんのかい、と。

当時、俺ははっきりと失笑した。



今、地震でこんな状況になり
なんだかスーパーマーケットで買い占めしてるなんてのを
ネット上で見たり、聞いたりする。

実際にスーパーやコンビニでは
いろんな食品なんかが消えたりしてる。

当時とは俺の人生の重みもちょっとは変わり、
今なら「守るべき人のため」特に「自分の子供のため」なら
必死になる人の心情は理解できる。

こんな時でも仕事で頑張る社員の為に
カップラーメンや食べ物くらい買いだめしてもいい気持ちはある。

だから、頭ごなしに全てダメだと言いたいわけじゃないんだ。


ただ、その心の奥底にある心情が
自分の欲を満たすため、
自分の不安を消すために、
他者のことなんか二の次、三の次に考えているものだとしたら、
それは、昔俺自身が嫌悪し、失笑したものになる。

それは、許せない。
自分を許せない。

だから、備えることはとても大切なことだけど
分け与える気持ちも忘れずにいたい。


奪いあえば足りず
わけあえば余る

って、とても好きな言葉だけど
こういう時にこそ思い出したい言葉だ。




こんな日記で、誰かがなにか感じてくれたら嬉しいけど
一番向けたいのは、実は、自分自身だ。

ここを読んだ人に対して言葉を発することによって
自分の思考や行動を律したい。

俺が、ありたい俺であるために。



まだ、こんなニュースもある。

M7以上の余震確率 3日以内70%
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1533638&media_id=2


まだまだ終わっていない。


これからたとえどんな状況になったとしても、
あの頃の俺に、失笑されない俺であるように。
少し前に突然父の耳が聞こえなくなった。
突発性難聴だという。

補聴器もなかなかうまく機能せず、
らしくなく凹んでいるというお袋からの情報を得て
今回のサプライズ帰省を考えた。

実家へ着いた時に父親の見せた
とても驚いた、そして嬉しそうな顔が見れただけで
まず、帰省して良かったと思った。
あんな顔は見たことがない。

1週間早い父の日のプレゼントを渡し
病気についてやその後の経過を話し
久しぶりに実家の昼食。

おかずはくちぼそカレイ、カツオのたたき、サラダのシンプルなものだったけど
コシヒカリの飯、お袋の味噌汁と合って、心底うまかった。

食後はお土産の笹団子の作りたてを買いに行き
2人が普段ウォーキングに使っている公園へ行った。

雨上がりでとても澄んだ空気を吸い
色とりどりの草花を見たけど、
3人で歩きながら
携帯を家に忘れて良かった と思った。

親戚の家にも立ち寄り
朝もぎたてのでかい空豆を大量にもらい
(うちの冷蔵庫にあるから欲しい人は挙手。とても食べきれません)
家に帰ってきた。


俺とお袋との会話が聞き取れず
逐一少し苛立つ様子の父を見て
音のない世界を想像する。

俺は良くロック系の話を書くけど
それを奪われるとは、どんなに切ない想いだろうと思う。

きっと不安だろう。

そんな状態なのに、読んだ本の中で
健康について書かれている部分を「読め」と俺に言ってくる。

せめて今回は、俺のことはいいよ。

「痩せろ」

あなた、入院で痩せすぎだよ。



決して全て見習いたい父ではなかったけど
生意気ばかりで対立してたけど

この人が頑張って仕事してくれて
俺は大きくなれた。



当たり前のことを思い直し
手を振る両親を残し
親不孝者は帰京の電車に向かった。

生まれ故郷の駅から見上げる空は
晴れ上がっていた。
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■松本復興相が辞任…「言葉荒かったのは不適切」
(読売新聞 - 07月05日 09:19)


こんなニュースが連日流れてるけど、、


俺、この人の言い回し、本当に大嫌いだし
(相手の知事は大学の後輩かなにかなのかと思った。
もちろんそうだったとしても公の場で許される口調ではないけど。。)
この人が政治的にどんな実績あるのか、別に調べてもない。

九州の人や東北の人が腹を立てるのもよくわかるし、
「だめだこりゃ」とは会社の朝礼でも話したんだけど。



でも俺、こういう形で政治家が辞任することのほうが、はるかに嫌い。


昔麻生さんが漢字を知らないとかで、野党からたたかれたり
それに便乗してバカな国民がでかい声で無能扱いしたりした。

てめえの無能を棚にあげて。



この人は本当に表現が下手なんだろうし、
本心はしっかり復興の手助けをしたいと考えていたと思いたいんだけど。

あのえらそうな口調だけで政治的に全て評価されてしまうのは、
なんだか違う気がする。
もちろん、政治的行動の結果が悪かったなら
いくらでも辞任・交代すればいいんだけど。



なんだか、好きで応援してるミュージシャンが
ドラッグやってることが発覚したら
急に、手のひら返したように、その人の曲全部嫌いになっちゃうみたいな感じ。

違うだろ と。


プロのミュージシャンはその音楽でこそ、ミュージシャンとして評価されるべきだし
プロの政治家はその政治的判断・行動・結果でこそ政治家として評価されるべきだ。

もちろん、人間としての評価は別の問題としてね。
(犯罪なんかはもちろん「社会の中の人間」としては、ダメだ)


あまりに早い展開に、ついブルーハーツを思い出したよ。

この国の国民は、自分より立場が弱くなった奴に対して
本当に強さを発揮するよな。


なんだか、気持ち悪い。

宮城へ

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新宿 歌舞伎町の宮城の日本酒をメインにしてる
イキツケの店へGo!

散々酔っぱらって
帰宅途中で日記をアップ




なんか高知の酒も混ざってるけど(笑)
宮城の日本酒が、う・ま・い!!


浦霞の震災後、初めて作った特別な酒、呑ましてもらいました。

ありがとう。宮城。

ありがとう。大好きなお店。




花見だなんだってうるせーけどよ、
根本にあるのはそんなんで
いいんじゃね?





震災直後から、五体不満足な人よりずっと早く
そんなん言い続けてるけどな~

当たり前のことじゃん
今さら専門家ぶって、わかったようなことさらしてんのは
なんだか、恥ずかしい。
(いや、発信力のある乙武さんは素晴らしいと思うけど)


えたいのしれない無力感は
身のある、結果の伴う行動でしか解消されない。

きっと実感の伴わない行動は
えたいのしれない奴らに搾取されてることもあるだろう。



大切なことは、届くかどうか
それのみだというコミュニケーションの基本に
皆立ち返らなくてはいけない。

こんな時だからこそ

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先日日記に書きましたが、うちの会社の全社員と
そのご家族全員の安否の確認がとれました。

がっつり、津波をくらった東北地方の高卒内定者たちも
一昨日ようやく全員と連絡・生存確認とれました。

これで会社がらみの人は、皆一先ず大丈夫です。
会社関係者は、ファミリーだからさ。
とりあえず胸をなでおろすことができました。

もちろん今も大変な目にあっている方々には
心からエールを送るつもりです。



弊社朝礼での話。

こんな時だからこそ、俺たちがお客様を元気にしていこう!
お客様は今、暗くなっている人が多い。

こんな時だからこそ、お客様への気づかいの言葉を忘れずに
我々に会った人が元気になるような営業・仕事をしようじゃないか。

今、営業部はコンテスト期間中だ!

地震は言い訳にならない。
実際にお客様に笑顔になってもらいながら、
結果を持ってきている社員もたくさんいる。

絶対に気づかいは忘れてはいけないが、
強気でいくんだよ。

元々、ものすごく状況が悪いところから
この会社は立ち上げてきた。
俺たちならできる!と、笑いながら。

その時に比べたら、今の状況なんて全然マシだ。
こんな時だからこそ、俺たちの仕事ぶりが試されている。

史上最高の営業数字をやるぞ!



こんな感じの朝礼。



こんな時だからこそ、
1人も欠けることなく笑顔で出社してきて、仕事する社員たちを誇りに思う。

こんな時だからこそ、
本音は心配なのに元気に訪問してきてくれる選考大学生に、感謝の気持ちがもてる。

こんな時だからこそ、
それでもお仕事をいただけるお客様に、どこまでも深いお礼と忘れない感謝を。


今から、この状況の中来てくれる大学生に会社説明会です。
感謝の気持ちをこめて、熱く、熱く、語ってきます。





大変な状況は、簡単には変わらない。
ただ、今この時の気持ちで、未来の状況は変わる。

俺はそう信じて、今日も仕事しています。

これはいい文章だ。

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ダチの中村隊長のブログにいい文章が載っていたので、転載



<ニューヨークタイムズより>

◆Sympathy for Japan, and Admiration

日本へのいたわり、そして称賛

痛ましい地震のその後、我々は日本の人々と思いを共にしている。
これは日本で記録された最悪の地震である。しかし、私が本紙の東京事務局長
として日本に住んでいた1995年の阪神大震災(6千人の犠牲者を出し、
30万人の人々が家を失った)において報道した経験を思い起こすと、
私はこう付け足さなくてはならない。

「今後数日、数週間の日本を見ていよう。私たちはきっと何かを学ぶだろう」。

日本の政府が特に地震をうまくコントロールしている、というのではない。
政府は1995年の震災においては救助活動の管理を完全に誤り、他国から送られて
きた薬や救助犬を取り上げて、その名を汚すこととなったのである。
気も狂わんばかりの最初の数日間、人々はまだ瓦礫の下で生きていたのであるが、
政府の無能によって不必要に死んだ人たちがいたのである。

しかし日本の人々自身の忍耐力、冷静さ、そして秩序は、実にみごとであった。
日本でよく使われる言葉に「我慢」というものがある。英語にはぴたりと
当てはまるような訳はないのだが、言うならば "toughing it out."(耐え抜く)と
同じような意味である。そしてこれが神戸の人々が実際に行ったことであった。
畏敬の念を抱くほどの、勇気と協調性、共通目的を持って。

日本の秩序と礼儀正しさに、私はしばしば感動していたが、神戸の震災後ほど、
それに感動したことはない。神戸空港のほぼ全体が破壊され、街中の商店のガラス
が割れていた。私は略奪や、救援物資をめぐる乱暴な押し合いへし合いなどの場面
を街中探し回った。ようやく、2人組の男に強盗に入られたという店主に出会い
満足したところで、いくぶん芝居がかったふうにこのように尋ねた。

「同じ日本人が、自然災害を利用して犯罪に走るということについて、
驚きはありますか?」店主は驚いたように「誰が日本人だと言ったのだ。
外国人だったよ」と答えたのである。

日本にも貧しい人々はいる。しかし他の国々と比べると、極端に貧しい人々は
ほとんどいないし、非常に高い共通の目的意識を持っている。中流階級が非常に
多く、実業界の成功者であっても、儲け過ぎていると思われることを伝統的に
恥じる傾向がある。そのような共通目的意識は、日本社会の構造の一部であり、
自然災害や危機の後では、特に顕著に表れるのである。

これについてはあまり良く言い過ぎてもいけない。日本の礼儀正しさの裏には、
学校や職場におけるいじめや、不法行為によって利益を得るやくざ、政治家と
実業家の癒着といった問題が存在する。しかし神戸の地震の直後、やくざまでもが
被災者に食料などを配るためにカウンターを設置していたのは、衝撃的であった。
そして日本の社会構造は決して壊れることはなかった。
かすり傷ひとつ負わなかったのである。

日本人のこういった冷静さは、日本語の中に組み込まれているといえる。
人々は「仕方がない」と言うのが常であり、他の人にかける言葉として
最も多いのが「頑張ってください」―耐え抜け、強くなれ―という言葉である。
そして自然災害は「運命」の一部と考えられている。16世紀の日本を訪れた
イエズス会の者による、古い記述を読んだのを思い出す。地震が村を破壊した
その数時間後には、農民たちは自分の家を建て直し始めたというのである。

忍耐強く、周りと協調して立ち直ろうとする精神は、日本人に深く根付いている。
私はしばらく長男を日本の学校に通わせたことがあるが、幼い子供たちが
真冬でさえ半ズボンで学校に行かされている光景を忘れることができない。
気骨をつくるというのがその考えであったようだが、単に風邪をひかせるだけだと
私は思っていた。しかしそれは「我慢」を徐々に教え込むためのまたひとつの努力
だったのである。

そして「我慢」こそが、日本が第二次世界大戦から立ち直り、バブル崩壊後の
「失われた10年」を耐え抜くことを可能にしたのである。いやむしろ、
日本人はもっと不平を言ったほうがいいのかもしれない。そうすればおそらく、
政治家はもっと答えてくれるだろう。

自然との関係性については、もうひとつの要素が関連している可能性がある。
アメリカ人は、自分たちを自然と対立した存在として考え、自然を飼いならそうと
する。対照的に日本人は、人間は自然の一部であり、それに身をまかせるものと
考える。そしてその自然は、たくさんの地震をもたらしてきた。

1923年の関東大震災は、10万人もの命を奪っている。日本語の「自然」という言葉
は、たった100年と少し前にできた新しい言葉である。なぜなら、そのような概念を
わざわざ表現する必要が、伝統的に無かったからである。神戸の震災の後の
本紙エッセイに、私が同じようなことについて書き、日本の最も偉大な俳人、
松尾芭蕉の句で締めくくっているものがある。

    「憂き節や竹の子となる人の果て」

日本の回復力と不屈の精神に、私は気高さや勇気を見出している。
そしてまもなく世界は、それを目の当たりにするだろう。これはまた、
綿密に編まれた日本の社会組織、その強さと回復力が、輝きを放つときでもある。
私は日本の人々は必ず力を合わせてくれると信じている。その姿は、
分裂と口論と私利私欲にまみれたアメリカの政治の現状とは対照的であると
言っていい。

私たちには、日本から学ぶことがある。私たちの思いは日本に向かっている。
痛ましいこの地震に深い同情と、そしてまた、心からの称賛を表したい。

By NICHOLAS KRISTOF
(訳:英語塾 田畑翔子)

原文:「The New York Times」

引用元:「烏丸学び舎英語塾ブログ」

俺が俺であるために

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あれは小学校か中学校の頃だと思うんだけど、
社会の教科書かなんかで
オイルショックの時にスーパーマーケットにトイレットペーパーを求めて殺到してる人々みたいな写真を見た。

俺は「戒め」のようなニュアンスをそこに感じて
はっきりと失笑した。

いくら大変な時にも
そんなパニックになったとしたら
それは、デビルマンのラスト近くになって
暴徒化してる人々とたいして変わらないじゃないか。
あれは、悪魔以上に悪魔的になっている人々を描いている場面だったのではないか。

武士は食わねど高楊枝って言葉を知らんのかい、と。

当時、俺ははっきりと失笑した。



今、地震でこんな状況になり
なんだかスーパーマーケットで買い占めしてるなんてのを
ネット上で見たり、聞いたりする。

実際にスーパーやコンビニでは
いろんな食品なんかが消えたりしてる。

当時とは俺の人生の重みもちょっとは変わり、
今なら「守るべき人のため」特に「自分の子供のため」なら
必死になる人の心情は理解できる。

こんな時でも仕事で頑張る社員の為に
カップラーメンや食べ物くらい買いだめしてもいい気持ちはある。

だから、頭ごなしに全てダメだと言いたいわけじゃないんだ。


ただ、その心の奥底にある心情が
自分の欲を満たすため、
自分の不安を消すために、
他者のことなんか二の次、三の次に考えているものだとしたら、
それは、昔俺自身が嫌悪し、失笑したものになる。

それは、許せない。
自分を許せない。

だから、備えることはとても大切なことだけど
分け与える気持ちも忘れずにいたい。


奪いあえば足りず
わけあえば余る

って、とても好きな言葉だけど
こういう時にこそ思い出したい言葉だ。




こんな日記で、誰かがなにか感じてくれたら嬉しいけど
一番向けたいのは、実は、自分自身だ。

ここを読んだ人に対して言葉を発することによって
自分の思考や行動を律したい。

俺が、ありたい俺であるために。



まだ、
「M7以上の余震確率 3日以内70%」
なんてニュースもある。


被災地のこと考えても、まだまだ終わっていない。



これからたとえどんな状況になったとしても、
あの頃の俺に、失笑されない俺であるように。
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日曜の朝に想う

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昨夜はなんと「アルゼンチンの勝利を観た」程度の時間に眠りにつき
(土曜の夜だというのに)
今朝は目覚ましなしで目覚める

寝ぼけ眼も洗濯物を干し
ためてた洗い物を洗い終わる頃には
はっきり覚醒する

BGMは『LOVEPSYCHEDELICOⅢ』

とってもハードでセンチメンタルな名盤だと思う


誕生日にいただいたコーヒーを入れ
その薫りを楽しみながら
持ち帰った仕事に取り組もうとした時
振り替えると窓の外には
淡い6月の青空

時計を見ればまだ9時30分

吹き込む風はどこまでも心地好い






稀少な朝

貴重な瞬間
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