対価を払わない感覚は「当たり前」 当たり前は家庭の文化? | 株斬 国内株式投資日記

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昨日の記事の続き。

 

 

 

結婚して分かった生活習慣の違い、大袈裟ですが「家庭の文化」と考えました。

些細な事ですが、靴の並べ方とか荷物や服の置き方とか入浴方法とか食事の仕方とか・・・。

二人で暮らすようになると色々な違いでケンカになったりする事もあると思います。

 

例えば旦那が靴下を丸めたまま洗濯機に入れてるとか。

 

でも、旦那の実家に行ったらそれが「当たり前」だったりするんです。

それは文化なので否定せずに丸まったまま干して、生乾きのまま履かせてやればいいんです。

旦那が自分の文化を押し付けるなら、自分でやらせればいいだけの事。

 

この「当たり前」の違いに気づいたのは学生時代、初めて一人暮らしをした時の事。

独り暮らしをし始めて数か月した時、NHKの方が来られて受信料の手続きをしました。

自分は、こちらから手続きしなくちゃいけないのに申し訳ないと思いながらすぐに手続きし、集金も手間をかけるのですぐに口座振替の手続きもしました。

そして出せるのがコーヒーくらいしか無かったのでお礼を言って渡しました。

 

しばらくすると外からもめるような声、隣の人は何か文句を言ってる様です。

後から聞いたらさも当然の様に受信契約を断ったそうです。

テレビ持ってないはずは無いのに衝撃でした。

 

その時、隣人は嘘つきの悪い人だと警戒心を強めていたんですが、学校に行ってその話をすると断った事を武勇伝じみた感じで話す人もいて、しかも実家も払ってないと言う。

他は受信料そのものが解らない人が大半。

 

それも衝撃でした。

 

 

これも子供の頃の話ですが、共働き家庭なのでNHKの集金のおじさんが来る日は遊びに行けず、集金に来たらお茶とお菓子を出さなければいけなかったので早く来てほしかったくらいで、子供ながらに受信料は電気や水道と同じ感覚で玄関のシールもテレビのある家のマークと思ってたくらい。

 

独り暮らしで分かった受信料拒否事件、ハッキリ「当たり前」の違いを感じた衝撃の瞬間でした。

自分の「当たり前」は人の「当たり前」とは違う。

(受信料払わない家庭から見ると逆にビックリと思うでしょうが、受信契約してない家の方が少ない)

 

子供の頃は周りに金持ちが多く、お年玉の金額など桁違い!駄菓子屋で豪遊する金持ちの方が異常だと思ってたんですが、あっちからしたら「当たり前」の事をただしてただけだったのか~、当時そんな事も考えました。

 

話はだいぶ逸れましたが、クレクレ星人とか呼ばれる人達。

何かをやってくれた事にどれだけ時間と労力を使うか考えないで何でもタダや安い対価で済ませようかとしか考えない人達。

 

これって「家庭の文化」的に誰かに何かしてあげようとかお礼をしようという習慣が無いのではと思うんですよね。

 

例えば、プレゼントや差し入れする人は、何を贈るか考える所から実際に買いに行ったり作ったりする手間の他に相手への想いが入っている事が分かると思うんですが、それが「当たり前」でない人には解らないもので、好みの物じゃなかったら文句を言ったりするんですよね。

 

好みである事に越したことは無いんですが、プレゼントの意味はそこじゃないんですけど。

 

この「当たり前」、何が正解かは答えが無いと思うんですが、自分の「当たり前」が皆から嫌がられる「当たり前」にならないように気を付けたいです。