2011-01-03 09:55:56

世に「悪魔のように黒く、地獄のように熱い、天使のように清純で、恋のように甘い」と評される珈琲。本書、臼井隆一郎『コーヒーが廻り世界史が廻る』(中公新書・1992年10月)は、<珈琲>がいかに人類史に登場し、人類史の中で<珈琲>がどのような役割を演じてきたかが骨太な構図の中に描かれた作品です。而して、著者のバックボーンは些か陳腐なマルクス主義経済理論と思われる。しかし、「どこから弾が飛んでくるか分からない気味悪さ」がない分、逆に、著者のこの知的背景は読者が本書をよりリラックスして読み進めることを可能にしている、鴨。

 

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・・・・・・コーヒー一杯飲んで、日本がんばれ!!
 

 

◆目次
第一章:スーフィズムのコーヒー
第二章:コーヒー文明の発生的性格
第三章:コーヒー・ハウスと市民社会
第四章:黒い革命
第五章:ナポレオンと大陸封鎖
第六章:ドイツ東アフリカ植民地
第七章:現代国家とコーヒー
終章 :黒い洪水   


著者は、第一章で、エチオピア等、紅海対岸のアフリカ東岸を原産地とするこの木の実が、アラビア半島を経由して(就中、エチオピア対岸の当時の港町モカを拠点として)、インドネシアを含むイスラーム世界全体に広がった経緯を紹介します。蓋し、不眠不休で修業を積む禁欲的な「スーフィーと呼ばれるイスラーム神秘主義の僧侶」(p.9)が珈琲の<飲むと眠れない>性質を逆手に取って「眠らないためにこそコーヒーを飲」(p.17)み始めた、と。

また、「珈琲:coffee」の語源たるアラビア語の「カフワ」が、「嫌悪」「食欲がない」「慎む」の語感を持つ「本来ワイン」と同じ意味であったことが紹介される(pp.12-13参照)。すなわち、「アルコールのワインも、・・・コーヒーも、一点において共通している、それは食物への欲望を払うのである。ワインを食前酒と理解している現代人には奇妙に思われるかもしれないが、ワインをカフワと呼んで愛飲した人々は・・・むしろ食事を避けるためにワインを飲んでいた」(p.13)、と。蓋し、この語源分析譚はスーフィズムがアフリカ原産のこの木の実が<珈琲>として人類史に登場する<産婆役>を演じた経緯を裏付けていると思います。

第二章は、珈琲がいかにして、また、どのような人々の手を経て全イスラーム世界に拡散していったかの描写に充てられており、それに続いて、珈琲が西欧社会に到達した後、人類史において<珈琲>として雄飛していった経緯が第三章と第四章で描かれています。

珈琲はイスラーム修道院から出て全イスラーム世界に広がる。それに際しての、オスマン・トルコの影響、そして、モカとカイロ、「レヴァント=地中海東岸地方」とオランダの商人達が演じた役割を紹介する第二章は、文字通り見事な<第二楽章>。「コーヒーは決して「自然な」飲み物ではない。ほっておいても犬や猫が飲むという代物ではない。倉庫のコーヒー豆にはネズミも手を出さない。・・・最初からコーヒーが好きであるという人間は少ない。それが大量に消費されるためには、商業資本は人間のうちにコーヒーに対する自然的・精神的な内的欲求を作り出さなければならない。商業資本主義は人間と自然とを内的に変化させる巨大な装置である」(p.55)との指摘は些かマルクス主義臭さが気になるものの間違いではないでしょう。而して、この指摘が本書全体を貫く主旋律と言えると思います。

また、オランダ商人の活動が、最初は西欧世界に珈琲を持って来るのではなく、イスラーム世界に向けた珈琲生産と貿易に限られていたという指摘は、「非西欧→西欧」という一次産品貿易に関してはいまだに根強い西欧重視の図式に修正を迫るものかもしれません。「十六世紀は「トルコの世紀」、(オスマン)トルコの快進撃は止まるところを知らなかった」(p.93)等の記述とともに、本書が、イスラーム女性からスカーフを奪い、日本の伝統たる捕鯨を妨害し、あろうことか、死刑を廃止して犯罪者が道徳的責任を公的に取る権利を奪い去って恥じることを知らない「ヨーロッパ中心主義=文化帝国主義」への地味だけれども痛烈な批判の書でもあることは明らかだと思います。

 

イスラム女性からベールと尊厳を奪う傲岸不遜なフランスの詭弁

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<再論>保守主義の再定義・・・占領憲法の改正/破棄の思想的前哨として

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<再論>応報刑思想の逆襲

https://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/96510cf17d1e91d2471c047147362d70

 

素人でも読めるかもしれない社会を知るための10冊

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第三章「コーヒー・ハウスと市民社会」が本書の白眉と呼ぶべき一章。蓋し、「ピューリタン革命とそれに続く王政復古の時代において確立された(当初は女性は排斥されていたものの、その人物が理性的に振舞い論理的に話す限り、男性に関しては身分の分け隔てなく誰もが議論と情報交換を楽しめるという、一種、戦国末期の日本の「茶の湯の庵」の如き)コーヒー・ハウスという近代市民社会の公共的制度と、(アルコールのように人の理性を狂わせるのではなく、逆に、人を覚醒させ理性的にするという)コーヒーという商品イメージは、敬虔なるピューリタンのイデオロギーとの内的連関抜きにはおよそ考えることができない」(p.70)、近代市民社会の成立によって社会を統合する神通力を失った中世的と近世的な「社会の公的領域と私的領域の区別の秩序」を、すなわち、「旧来の公私の関係を溶かし、新たな近代市民社会の公私の関係を鋳造していくかまどの役目を果たすのが、コーヒー・ハウスに他ならなかった」(p.60)という指摘は鮮烈。畢竟、珈琲にそのような霊験があるということではなく、人を覚醒させるという使用価値を持つ珈琲が、偶さか「近代市民社会=資本主義社会」の黎明期にそのような役割を与えられたということに過ぎないのでしょうけれども。

蓋し、現代、喫茶店の珈琲代金なるものは珈琲の対価ではなく、時間と空間と雰囲気を占有する対価であるのと同様、近代の黎明期においてもコーヒー・ハウスの代金は、近代市民社会の一員に生まれ変わるための理性的討論経験と情報との対価であった、と。こう著者は述べているのだと思います。

 

而して、第四章以降終章まで、この同じ視座から著者は、(珈琲の生産と貿易を巡るよりマクロ経済学的な側面に着目しながら)フランス革命から現代に至る<珈琲>が彩ってきた世界史を綴っている。そして、その到達点は「コーヒーを飲むという行為は、・・・酒を飲むのとはかなり程度の異なった極めて「不自然」な、人工的・文明的な行為である。それはヨーロッパ列強の植民地支配という長大な過去と円滑な世界交易の存在を前提して初めて可能な行為」(pp.221-222)というもの。左右の立場の違いにかかわらずこれは多くの方が共感できる認識ではないでしょうか。





 

◆解題
本書の副題にそう記されている通り、19世紀後半以降(英国をほとんど唯一の例外として、逆に、珈琲の消費量が始めて緑茶を抜いた1982年以降は日本を含め)、<珈琲>は「近代市民社会の黒い血液」となった。而して、1979年の「アフリカ諸国をみてみれば、コーヒーが全輸出に対して占める割合は、ウガンダ98%、ブルンディ82%、エチオピア75%、ルワンダ71%という数値を示している」「世界の海洋をコーヒーを積んだ船舶が行き交う。年間輸出総額120億ドル、世界貿易全体の中で原油に次ぐ第二位の位置を占めている」(p.229)こと。また、国連開発計画(UNDP)によれば、2004年の世界の珈琲小売販売総額は800億ドルであることを想起するとき、現在、<珈琲>が単なる飲み物ではないことだけは確かでしょう。

しかし、実は、「珈琲:coffee, der Kaffee」がイスラーム世界から西欧社会に伝播したのは17世紀前半、日本で言えば徳川三代将軍家光公の治世(1623-1651)の頃のこと。そう大昔のことではないのです。実際、ロンドンに最初のカフェが開業したのは1652年。そのロンドンでは「1656年、あるコーヒー・ハウスから流れ出る「悪魔の臭い」の処置を求めて(群衆が)裁判所に押しかけ」(p.72)たくらいなのですから。他方、フランスでは、1669年、駐トルコ大使がルイ14世に珈琲を献上したことを契機にやっと上流社会で流行し始めたとされる。畢竟、珈琲が一般大衆に至るまで人々の日常的な飲料品になったのは欧米社会でもここ200年程のことなのです。

而して、「悪魔のように黒く、地獄のように熱い、天使のように清純で、恋のように甘い:Black as the devil, hot as hell, pure as an angel, sweet as love.」とはタレーラン(1754-1838)がそのレシピに書き記した珈琲讃歌ですが、これは、まだ、フランスでも一般的なものでは必ずしもなかった、オリエントの異国情緒溢れるこの飲み物から受けた西欧人の衝撃を綴った言葉と理解すべきなのかもしれません。

ことほど左様に、珈琲は人類史の広がりの中ではまだ新参者。コロンブスが新大陸から持ち帰り、17世紀後半には西欧世界だけでなくアフリカ・アジアに広く普及したトウモロコシは言うまでもなく、各々16世紀前半と後半に同じく新大陸から西欧世界にもたらされ、(最初はソースの原料としてですが)17世紀後半には西欧の社会に定着したトマト、他方、アダム・スミスがその『国富論:The Wealth of Nations』(1776年)の中で「人間を養いうる栄養の面から見た場合、それは単位面積あたり小麦の三倍の収穫量が期待できる:an acre of potatoes would produce three times the nourishment of an acre of wheat.」と驚きとともに絶賛しているように、遅くとも18世紀初頭には、欧米の貧しい人々の主要な食料になっていたジャガイモと比べても珈琲は新参者。また、それが純粋の嗜好品であるがゆえにでしょうかその伝播普及の足取りもトウモロコシ、ジャガイモ、トマト程には速いものではなかったのです。まして、ライバルのたばこさんには到底及ばない😢

 

[再掲]カレーライスの誕生★カレーの伝播普及が照射する国民国家・日本の形成

https://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/d7b5503b7aaa15c9c35d87c7a4cb7255



 

では、こののろまな新参者はいかにして<珈琲>へと雄飛したのか。

この興味ある問題について、著者は、(イ)珈琲の「効用=使用価値」、すなわち、イスラーム神秘主義の修道院生活や近代市民社会がその構成メンバーに求めるエートスと珈琲の効用との整合性、(ロ)<珈琲>を契機として形成される時空間と近代市民社会との、就中、市民革命の時代の空気、そして、ナポレオン戦争から第一次世界大戦へと続く国民皆兵の時代の空気との親和性、(ハ)珈琲生産と珈琲貿易に整合的な資本主義のあり方、就中、帝国主義のあり方の三個の観点から解答を編み上げていきます。

 

 

 

完版:保守派のための海馬之玄関ブログ<自家製・近代史年表>みたいなもの

https://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/a3221c77ea0add17edf737d21088cf96

  
蓋し、本書が、ソ連崩壊の年、社会主義に対する資本主義の勝利が確定した年の翌年に出版されていること、また、著者の専門がドイツ文学であり社会科学の専門家ではないこと。これらを考えれば仕方のないことかもしれませんが、本書に散見されるマルクス主義経済理論の陳腐さは隠しようもない。特に、上記(ハ)に関してはほとんど見るべきものはない。けれども、前二者(イ)(ロ)を巡る記述は秀逸。而して、陳腐とはいえ(ハ)の「経済学的な社会認識の枠組み」を欠けば(イ)(ロ)も散漫なアイデアの陳列にしかならなかったであろうことを考えれば、やはり、トータルでは本書の完成度は高いと言える。と、そう考え本書を紹介することにしました。ご興味があればご一読ください。お薦めします。

尚、私の考える「資本主義の世界システム」のあり方については、とりあえず下記の拙稿をご参照いただければ嬉しいです。

 

・読まずにすませたい保守派のための<マルクス>要点便覧
 -あるいは、マルクスの可能性の残余(壱)~(四)
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/385e8454014b1afa814463b1f7ba0448

 

・「左翼」の理解に見る保守派の貧困と脆弱(1)~(4)
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11148165149.html

 

・グローバル化の時代の保守主義☆使用価値の<窓>から覗く生態学的社会構造 
 https://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/3436c1fca7e8d7caadb11a7d82f62bd6

・京都☆保守主義の舞台としての生態学的社会構造
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/199b39baca575f644c9accc68fbc5700

・日本語と韓国語の距離☆保守主義と生態学的社会構造の連関性 
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/790c8bbded92bf52c9c06f913ac6ae2c

 

そして、

 

・民主主義--「民主主義」の顕教的意味
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/a11036903f28f118f30c24f1b1e9f2bf

 

・民主主義--「民主主義」の密教的意味
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/0364792934f8f8608892e7e75e42bc10

 

・保守派のための「立憲主義」の要点整理
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/9256b19f9df210f5dee56355ad43f5c3