『プラトーン』(1986)

原題:PLATOON
【120分・アメリカ】


監督: オリヴァー・ストーン
製作: アーノルド・コペルソン
製作総指揮: ジョン・デイリー、デレク・ギブソン
脚本: オリヴァー・ストーン
撮影: ロバート・リチャードソン
出演: チャーリー・シーン(クリス・テイラー)、トム・ベレンジャー(バーンズ軍曹)、ウィレム・デフォー (エリアス軍曹)、ケヴィン・ディロン、フォレスト・ウィッテカー、フランチェスコ・クイン、ジョニー・デップ


あらゆる映画的リアリズムを用いて、視覚的体験を身体的体験へと還元してしまう。

この映画『プラトーン』が試みたのは、ベトナム戦争を限りなく身体的なレベルで

表象することだったはずだ。


そのとき、観客は戦争を追体験するのだろうか。


そのスペクタクルとドラマティックな物語に満ちた疑似体験が、

見るもののカタルシスに繋がるゆえに戦争映画というジャンルが成立するとしても、

斉藤綾子の言うところの「傷ついたファルス」が投影されるアメリカ人と、

無垢で無力で理解不能なイメージとして表象されるベトナム人

という主題が見え隠れしていようとも、

戦争という悲劇に目を向けないこと自体が、本当の悲劇じゃないか。





今日も一日がやるせなく過ぎていきました。

久しぶりに映画の話を。

『博士の異常な愛情』(1964)



【イギリス/アメリカ・93分】

監督: スタンリー・キューブリック

原作: ピーター・ジョージ

脚本: スタンリー・キューブリック、ピーター・ジョージ、テリー・サザーン

撮影: ギルバート・テイラー

音楽: ローリー・ジョンソン

出演: ピーター・セラーズ、ジョージ・C・スコット他



この作品のブラックユーモアが、
核戦争による“戦争の脱身体化”を風刺していたのなら、
なおさらピーター・セラーズは、
1人4役するべきだったんじゃないのか?

大好きな作品だけど、どこか失敗作なのでは、と
思わせてしまう要因はそこにある気がします。

でも何度もみたくなる。

映画を嫌いになったとしても、キューブリックは嫌いにならなさそう。




そういえば、

小林賢太郎が「風と桶に関する」コントでやっていたのは・・・



『女が階段を上る時』(1960)
【日本・111分】

監督: 成瀬巳喜男
脚本: 菊島隆三
撮影: 玉井正夫
出演: 高峰秀子、森雅之、仲代達矢