先日8月6日・・・
『原爆の日』を迎えた。
保育園では、戦争にちなんだ絵本を読み、平和への祈りと原爆の被害で亡くなった人達のご冥福をお祈りし、みんなで折り鶴を折ったらしい。
子供達は『戦争』という過酷な衝撃をどのような気持ちで受け止めたのだろう。
そんな中、<原爆が落ちた同じ時間に、とある電車を爆破させる>・・・という犯行声明があったと。
なんとも心ない悪質さに、なさけなく腹立たしさを覚えた。
その犯行声明を送ったという人物の、原爆にあやかった発想が人として大きく欠落している・・・
なにを考えているのか。
ふざけるな。と言いたい。
またどおせ、(むしゃくしゃしていた。思い通りにいかない。世間で注目されたかった。。。)
等、わけのわからない事を理由に思いついたのだろう。
最近よくある、このたぐいの事件。。。
思い通りにいかない自分の人生を親のせい、学校のせい、社会のせい、世間のせい・・・にし、無作為で人のいのちをないがしろにするというこの行為。
人間にとって最も大事な、何にも代え難いいのちを。
寿命が延び長寿になったといえど、このての犯罪件数の多い事になんだか虚無感を感じる。
『戦争』時代を生き抜いた人達がだんだんと少なくなり、『戦争』を語りつぐことが難しくなりつつあるこの時代。
だからこそ、いのちの重みをしっかりと今、大人が子供達に伝えないといけないのだと。。。
いのちは<使い捨て>じゃないのだ。