俳句モドキ2019.3.13. | まことアート・夢日記

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夢日記、メタ認知、俳句モドキ、詩、小説、音楽日記、ドローイング、デジタルペイント、コラージュ、写真など。2012.1.6.にブログをはじめる。統合失調症はもう20年ぐらい通院している。

俳句モドキ2019.3.13.
徳村慎


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ケガ治り仕事に行こう嬉しい春

ケガ治り那智黒石が待っている

風揺らす窓の音さえ春の音

死んだ祖母宇宙旅行と書道した

安定剤飲んで眠って朝の鳥

木漏れ日を車で通る春の山

春風や那智黒石のバリを取り

まだ少し使えば痛む指のケガ

不眠に悩むあの人と昔の僕がいる

水を飲み明日の計画考える



***
僕にとっての俳句とは何か?
コメント欄で古典の大切さを訴えられて、ハッとする。

俳句モドキというのは、下手な俳句を誤魔化すための手段である。モドキなんだから、許してね、という具合だ。ただ、それだけではない。
モドキとすることで新しい俳句が生み出せないかという思いもある。

和歌から短歌へ、短歌から俳諧、俳句へ、さらに自由律俳句へと進んだ歴史。これらの歴史は重要だ。

(……そういえば川柳の本は読んだことが無かったなぁ。読んでみようかなぁ。)

新しいもので言えば、、、
『お〜い俳句   伊藤園お〜いお茶新俳句大賞傑作選』という本や、又吉直樹の都会の生活を切り取ったような自由律俳句の本を図書館から借りて読んだ。

『お〜い俳句』は、季語があっても無くても良い。5.7.5になっていれば良いというもの。かなり俳句モドキに近い思想を感じる。だが、俳句モドキは、『お〜い俳句』のような上手い俳句じゃないから、やはりモドキなのか。。。(笑)

又吉直樹の自由律俳句は、難しいながらも良かった。時折入る私小説のような文章が、どうにも読みにくいのだが、それでも、その世界観には驚いた。俳句でこんなことが詠めるのか、と。

完成度と仏教哲学が入ってる点で行けば、種田山頭火の自由律俳句は、すごい。あれは、真似をしても真似できない。生きざまを俳句に入れてる点ではダントツ。

(そうだ。古典といえば、芭蕉の句も、もっと読んでみたいなぁ。)

何か僕独自のものを、と考えると、、、
那智黒石や安定剤を時々俳句モドキとして詠んでいるが、これらを発展させれば見えてくるものがありそうだと思う。

ゆっくりとでも成長していきたいです。
(図書館に行く前に書いたものです。)


最後まで、読んでいただきまして、、、
ありがとうございます。
(●´ー`●)