夢日記~油絵を描く夢
徳村慎
1.
絵を描く夢。最初は下絵を描くところをずっと夢で見ていたが、最後は油絵で描く。
ピアノ曲を意識した構図の抽象画。時間軸の流れが上から下。上が過去、真ん中が現在、下が未来。ピアノの鍵盤のような配置。左が低音、真ん中が中音、右が高音。
とても楽しい。いつも絵を描く夢の時はそうなのだが。
一部、布を使ってコラージュしている。
2.
風呂に入ると僕のアレが大きな男性のシンボルのサイズになってるという夢。
3.
新学期直前で下駄箱の荷物を入れ替えていた。中学か高校生。Aくんに注意される。服装の注意もされて直す。「(服装は)ワザと襟を見せてんのか?」と訊かれて「いや、違うけど」と言いながら直す。「男子やな。昔は女子みたいって言われたことが多かったやろうけど」と。
下駄箱の中身は昔作ったボードゲームを畳んだものやスケッチブックなど。クリップも挟んであった。
4.
兄が食事を作ってくれるが、僕が素早く食べると不満そうにしている。母が「まあまあ、ええやん」みたいに言う。兄が「ええことないよ」みたいに言う。
辛いチャーハンに目玉焼きが乗ってる丼。に母が作った料理。(何だか忘れた)
**
自分なりの解釈
ピアノ曲の絵画は、これからの抽象画の方向を示すような気がする。
風呂で男性のシンボルが巨大になるのは、昨年も見た夢だ。男性機能が良くなっている、というよりも、やはりグラウンディングかなぁ、と思う。女神さま(山の神、弁財天)との繋がりかも知れない。機能、待ち受け画面を芦田愛菜ちゃんにしたのも、影響してるのかも。
スケッチブックは過去の作品をあらわしているようだ。過去を大切にしつつも新たな年になるように考えているのかな。
辛いチャーハンは最近母が作っている。カレー味とかコショウがものすごく効いたものとか。夢を見た後も食べた。
1月3日午前中は眠かった。少し本を読んでは眠ることを繰り返した。なので、夢を見る回数も多い。最後の方は夢だか何だか分からないようなものを見た。いわゆる明晰夢なのだろうけど、もっとストーリーや動きも無いような画面で。過去のことだとは思うんだけど、起きるとあまり覚えていないような感じ。
夢には未来が含まれている、というのは、植物の種のように、種子の中に葉っぱや根っこや花まで含まれている、というのに似ている、と本に書いてあった。確か『マザーネイチャーズ・トーク』という本だったと思う。
何度も読み返しているのだが、ユング心理学の不思議は、やはり不思議として存在している。
年末からたくさんのスピリチュアルなブログに読者登録してみた。別々のブログなのに感覚的には全てが繋がっている気持ちになるのだ。同じ方向を向いているな、という感じ。そして大川隆法『太陽の法』を中古で買って読んでいる。仏陀の教え、キリスト教の愛、独特の歴史観。全てを受け入れてる訳ではないけど。でも面白い。
それにしても、こんだけ色んなスピリチュアルなことに感銘を受けているのに、神秘的な夢は見ないのがちょっと悲しい。(笑)……それとも神秘的に解釈出来るのに、全く解釈出来ていないだけなのか。
確かに、風呂でシンボルが巨大になるのは、何か神秘的な感じもするのだが。
絵画と音楽は僕の趣味だ。
性と清め(風呂)は活力ということか。
学生時代に戻って昔は女子のようだったのが男子になったというのは、両性の統合である気もする。
食事で言い争いになってるのは、どういうことだろう?
久しぶりに夢占いのサイトを見てみるか。
**
夢占いの解釈
夢の中の絵は、あなたの心の状態、将来の展望、自己表現欲求などの象徴。
絵を描く夢の時は、いつも気持ちが良い。
夢占いで音楽は、想像力、感受性、インスピレーション、個性、才能、協調性、人間関係などをあらわします。
夢の中の男性自身はあなたの生命力をあらわします。
適温の風呂に気持ち良く入る夢は、あなたが悩み、疲労あるいはストレスから解放され、心身ともに解放されることをあらわします。
両性具有の夢は男女という固定概念から解放されることを意味します。
食べる夢は、満足させたい欲求、健康状態、想像力、生命エネルギーなどの象徴です。
喧嘩の夢は今抱えている問題が好転する兆し。
**
再び自分なりの解釈。
絵と音楽は満たされていることのあらわれかな?
僕の生命力が高まっているのは嬉しいことだ。
この正月、ストレスから解放されているのは確かだ。どうしても、東京行きでスケジュールが詰まってるからねぇ。
男女の固定概念から解放される、ってのは恋愛のもう一段階上って感じだねぇ。
喧嘩は今の問題が好転するのか。今の問題ってなんだろう?……無いような気がする。
**
徳村慎
1.
絵を描く夢。最初は下絵を描くところをずっと夢で見ていたが、最後は油絵で描く。
ピアノ曲を意識した構図の抽象画。時間軸の流れが上から下。上が過去、真ん中が現在、下が未来。ピアノの鍵盤のような配置。左が低音、真ん中が中音、右が高音。
とても楽しい。いつも絵を描く夢の時はそうなのだが。
一部、布を使ってコラージュしている。
2.
風呂に入ると僕のアレが大きな男性のシンボルのサイズになってるという夢。
3.
新学期直前で下駄箱の荷物を入れ替えていた。中学か高校生。Aくんに注意される。服装の注意もされて直す。「(服装は)ワザと襟を見せてんのか?」と訊かれて「いや、違うけど」と言いながら直す。「男子やな。昔は女子みたいって言われたことが多かったやろうけど」と。
下駄箱の中身は昔作ったボードゲームを畳んだものやスケッチブックなど。クリップも挟んであった。
4.
兄が食事を作ってくれるが、僕が素早く食べると不満そうにしている。母が「まあまあ、ええやん」みたいに言う。兄が「ええことないよ」みたいに言う。
辛いチャーハンに目玉焼きが乗ってる丼。に母が作った料理。(何だか忘れた)
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自分なりの解釈
ピアノ曲の絵画は、これからの抽象画の方向を示すような気がする。
風呂で男性のシンボルが巨大になるのは、昨年も見た夢だ。男性機能が良くなっている、というよりも、やはりグラウンディングかなぁ、と思う。女神さま(山の神、弁財天)との繋がりかも知れない。機能、待ち受け画面を芦田愛菜ちゃんにしたのも、影響してるのかも。
スケッチブックは過去の作品をあらわしているようだ。過去を大切にしつつも新たな年になるように考えているのかな。
辛いチャーハンは最近母が作っている。カレー味とかコショウがものすごく効いたものとか。夢を見た後も食べた。
1月3日午前中は眠かった。少し本を読んでは眠ることを繰り返した。なので、夢を見る回数も多い。最後の方は夢だか何だか分からないようなものを見た。いわゆる明晰夢なのだろうけど、もっとストーリーや動きも無いような画面で。過去のことだとは思うんだけど、起きるとあまり覚えていないような感じ。
夢には未来が含まれている、というのは、植物の種のように、種子の中に葉っぱや根っこや花まで含まれている、というのに似ている、と本に書いてあった。確か『マザーネイチャーズ・トーク』という本だったと思う。
何度も読み返しているのだが、ユング心理学の不思議は、やはり不思議として存在している。
年末からたくさんのスピリチュアルなブログに読者登録してみた。別々のブログなのに感覚的には全てが繋がっている気持ちになるのだ。同じ方向を向いているな、という感じ。そして大川隆法『太陽の法』を中古で買って読んでいる。仏陀の教え、キリスト教の愛、独特の歴史観。全てを受け入れてる訳ではないけど。でも面白い。
それにしても、こんだけ色んなスピリチュアルなことに感銘を受けているのに、神秘的な夢は見ないのがちょっと悲しい。(笑)……それとも神秘的に解釈出来るのに、全く解釈出来ていないだけなのか。
確かに、風呂でシンボルが巨大になるのは、何か神秘的な感じもするのだが。
絵画と音楽は僕の趣味だ。
性と清め(風呂)は活力ということか。
学生時代に戻って昔は女子のようだったのが男子になったというのは、両性の統合である気もする。
食事で言い争いになってるのは、どういうことだろう?
久しぶりに夢占いのサイトを見てみるか。
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夢占いの解釈
夢の中の絵は、あなたの心の状態、将来の展望、自己表現欲求などの象徴。
絵を描く夢の時は、いつも気持ちが良い。
夢占いで音楽は、想像力、感受性、インスピレーション、個性、才能、協調性、人間関係などをあらわします。
夢の中の男性自身はあなたの生命力をあらわします。
適温の風呂に気持ち良く入る夢は、あなたが悩み、疲労あるいはストレスから解放され、心身ともに解放されることをあらわします。
両性具有の夢は男女という固定概念から解放されることを意味します。
食べる夢は、満足させたい欲求、健康状態、想像力、生命エネルギーなどの象徴です。
喧嘩の夢は今抱えている問題が好転する兆し。
**
再び自分なりの解釈。
絵と音楽は満たされていることのあらわれかな?
僕の生命力が高まっているのは嬉しいことだ。
この正月、ストレスから解放されているのは確かだ。どうしても、東京行きでスケジュールが詰まってるからねぇ。
男女の固定概念から解放される、ってのは恋愛のもう一段階上って感じだねぇ。
喧嘩は今の問題が好転するのか。今の問題ってなんだろう?……無いような気がする。
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雑談
そういえば、2ちゃんねる、だったかな?
volcaFMとMTRだけで音楽を作りたいって書いてて、非常に感心した。
どうやら機材が全くない状態からのスタートのような感じだったが、こうやって機材を制限して作り込む時期があるのは良いことだと思うし、機材の選択が良いなぁ、と思った。
周りの意見では、パソコンを買えだの、そんな少ない機材じゃ何も出来ないなど、散々に言われてたが、僕は、volcaFMとMTRのみで作りたいというところに非常にロマンを感じた。僕だって、そういう作り方をしてみたいと思う。全く機材の無いところから考えられるワクワク感がすごい。
僕も以前、KORG monotronDELAYとZOOM ST-224だけで曲を作ったことがあった。前衛的で先進的な、現代音楽とクラブミュージックの中間のようでもあるような、あるいはノイズ系とも取れるやり方。
次のアイデアとしては、YAMAHA FM EssentialとMTRで作ってみたいなぁ、とかも考えた。
とかく機材が無いせいにして自分の才能(努力も含めての才能)を磨くことをしない人が多い中で、volcaFMとMTRで作ってやろう、という心意気には非常に打たれた。
新しいことをやりたいのに、やらないという選択肢ではなく、これで作ってやる!……という熱い思い。これが大切だよなぁ。
喧嘩の夢を見たけど、熱い思いが自分自身に足りないという意味かも知れないと今書いてて思った。世間がなんと言おうとも自分を貫ける人でいたい。
最後まで
読んでいただきまして、
ありがとうございます。
ヽ(≧▽≦)ノ