小説『ガラランの旅』 | まことアート・夢日記

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夢日記、メタ認知、俳句モドキ、詩、小説、音楽日記、ドローイング、デジタルペイント、コラージュ、写真など。2012.1.6.にブログをはじめる。統合失調症はもう20年ぐらい通院している。

小説『ガラランの旅』
徳村慎


草原の広がる大地。そこに地平線から現れる馬に乗った人。よく見ると小さな子供が乗っている。笑って手を振る子供は12歳ぐらいの少年だ。

開拓時代、アメリカの西部。インディオ、後にネイティヴアメリカンと呼ばれる彼らに黄色人種の少年が馬に乗り近づく。赤いトウモロコシ族のインディオたちが逞しく日に焼けた赤い肌の肉体で、出迎えた。

酋長が頭に刺した大きな鳥の羽根を抜いて太陽に翳(かざ)し、馬から降りた少年の額に触れる。
「勇敢な少年戦士ガララン。大地に流れる神の力を与えよう。さあ、水を」

少年は、木をくり抜いた大ぶりの器で喉を鳴らして飲んだ。
「ひゃあっ。うめェ」
目を輝かせて一杯の水に感激する少年はインディオの間ではガララン、つまりグラスランナー(草を走る者)と呼ばれていた。彼は日本人だ。出身は熊野地方。大馬百太郎(おおまひゃくたろう)が日本での名前だ。髪はインディオよりは短いものの長く伸びている。江戸前の名人が作り上げた女物の短刀を、腰に巻きつけた縄に刺している姿だが、まだまだ少年のあどけなさが顔に残る。

「南蛮とは、ちゃって(違って)、広い世界じゃあ」大馬ガラランがこの地に来た時に日本語で叫んだのは、そんな言葉だ。アメリカ西部にもイギリスからの入植者が押し寄せてインディオたちの住んでいる土地が奪われつつあった。ポーラと呼ばれる女性医師だけがインディオたちと付き合っていた。

「この土地の皆んなも黒人奴隷のように成ってはいけないのよ」とポーラは出会ったばかりの大馬ガラランに話した。

「なんでよ?……戦(いくさ)に勝ったら、その土地は勝ったモンの土地やが」

不思議がるガラランに微笑むポーラ。「弱い者を虐(しいた)げるんじゃなく、共存こそが強い者も生かす事なのよ」

「共存?」

「仲良く生きること。森も草原も川も鳥も馬もウサギもどんな人種の人も、仲良く生きることが大事なの」ポーラは英語を若いインディオたちにも教えていた。お互いが理解し合うために言葉は必要だと、いつも言っていた。だからいつの間にか大馬百太郎は訛(なま)った英語でガラランと呼ばれるようになったのだ。

水を飲み干したガラランにインディオの娘ナラーが駆け寄る。「どこまで行けたの?」花の腕輪の1つをガラランにプレゼントしながら喋り掛ける。「街の手前だよ。鉄砲を持った連中がウロウロしていたよ。酒飲みのゴロツキだ」ガラランは、それに女好きばかりだ、という言葉を飲み込む。この話は幼いナラーには、まだ早い。

大陸横断鉄道の列車が唸りながら走って行く。ゴールドラッシュの街の成金たちが大きな金の指輪を見せびらかしている。憎々しげにインディオの酋長が睨(にら)む。「バーシもあんな奴らの所で働いてやがんだ」

1848年アメリカのカリフォルニアゴールドラッシュ。黄金を求める男たちがひとかどの男に成り上がろうとギラついた夢を抱いて集まった。その中には白人だけでなく黒人やインディオも居た。バーシはインディオだ。白人たちより安い賃金で働き、やはり黄金を求めていた。空腹の腹とドデカい夢を抱えて眠る夜。朝から夕方遅くまでは鉱山で働き続けて最初は血豆だらけの掌(てのひら)も硬くなってしまった。

今では滅多に村に寄り付かないバーシを酋長は複雑な思いで見送った。あの掌をまざまざと思い出す。しかし、インディオの村にとどまっても、いずれ白人たちがやって来るに違いない。戦闘的な部族は騎兵隊の銃弾に倒れた。白人との共存を卑屈な思いで受け入れるのが賢明というものか。若者たちが部族の土地を取り戻すと息巻いていたが白人との戦闘であっけなく死んだ。

今では部族の宝である鳥の羽根で出来た神の冠でさえ売りはらって文明の道具を手に入れなければ生きられない。文明は憎き白人のもたらしたものだ。しかし、文明の道具の無いままに我らが滅びることを神が許すとは考えられない。おお。神よ。偉大なる翼を持ち大空を舞う鳥の姿の神よ。我らはどういう運命(さだめ)なのです?

……しかし、彼は自由に生きて国に帰るべきではないか。聞けば遠い海から流れ着いたという。こんな白人と種族の争いに巻き込むのは彼、ガラランの運命ではないのではないか?

「ガララン」酋長に呼ばれて少年は振り向く。そして酋長の言葉を待つ。「お前は国に帰りたくはないのか?」

少年は紀州熊野地方の太地を思い浮かべた。太地浦の湾内で行う鯨漁の海から外海を見たいと仲間たちと舟を盗んで出たは良いが占い婆の言う通りに嵐がやって来た。

嵐で沖に流されて黒潮の外まで出るとようやく嵐がおさまった。暑い太陽が照らす中で飲み水も底を尽きた。漂流して弱い仲間から死んでいった。その肉を食べて生き延びる。

外海で大きな船に出会った。南蛮貿易の船だった。仲間は全て死んで少年の肉となっていた。しかし、その時のショックで仲間の顔と名前を思い出せなくなった。それでも少年は生き延びた。

暑い国に行き裸のままに生きる人々と共に生きた。現地で作られた壺などは珍しい工芸品として船に乗せられ都を目指して海に出た。何年振りかに国に帰ることが出来る。そう思っていたのだが。

船を乗っ取る海賊が現れた。船の指揮権を奪われてしまった。海賊たちは海を北東へと進んで行く。殺された者も大勢居た。病気で死んだ者も居た。奴隷として働いたり売られた者も居た。夜。少年は見知らぬ大陸を認めると船から海に飛び込み泳いだ。何度も溺れそうになりながら砂浜にたどり着く。夜の砂浜には丸い岩があった。少年は岩にもたれて眠ったのだった。

朝陽が射して岩だと思った丸い物は海亀の死骸であると気付いた。その辺りには干からびた海亀の死骸だらけだった。これが黄泉(よみ)の国なのか。フラフラと立ち上がって進み人影を見た途端に少年は倒れた。あれは鬼に違いないと思ったのだ。

人影の主は白人科学者のビートだった。彼は海浜の漂着物を調べていた。彼の住む小屋に運び込まれた少年はやがて回復した。身振り手振りで名前を尋ねられて少年は「大馬百太郎」と答える。

ビートが訊いた。「オーマ。お前はどこから来たんだ?」しかし、彼に英語が分かるはずもない。少年は漂着物を集めて分類する手伝いをしながら英語を学んだ。

「Perhaps, I came from this island.」ある日、少年は日本らしき島を地図で見つけて指差した。たどたどしい英語で思いを伝える。

「おお。私の神よ。本当か。そんな遠くから来たのか」と驚くビート。そして話を促す。

覚えたての簡単な英語で大馬は言う。「There are tartle eggs on my country. There are tartle dead body on here.」
「本当か?……亀はお前の国で生まれて泳いでこの国まで来て死ぬのか?……信じられん。これが本当だとしたら凄い科学的な発見だぞ」

「First, I thinked , Here is the death land.」「ははは。そうか。聖書では死をハデスと言う。ギリシャ神話の死の国の事でもあるんだ。お前は死の国だと思ったのか。ここは科学者にとっちゃ天国だがな」

その後2ヶ月ほどで科学者はフィールドワーク(現地調査)を終えた。「オーマ。お前は俺と一緒に科学の世界で生きるか、それとも新たな道を選ぶのか?……どうする?」これに大馬百太郎はたどたどしい英語で答えた。「I choice New way.」

2人で大陸内部まで旅をして別れた。ゴールドラッシュの街カリフォルニアは人がたくさん居た。土埃(つちぼこり)の臭(にお)いが街中に漂うように感じられた。労働者たちが安い酒を飲んで騒いでいる酒場。教会の前でさえ血生臭い決闘をする男たち。女と寝て店から堂々と出て来る保安官。馬車と鉄道の喧騒。

物乞いのインディオの少女が男たちに蹴られていた。男たちは小銭や食べ残しの残飯を与えて笑って立ち去る。「Are you allright?」大馬が尋ねる。「ほっといてよ!」と少女は小銭や残飯を拾い集めながら答えた。

大馬は黙って持っていたパンを半分与える。「これ……私にくれるの?」少女は次第に打ち解けた。インディオの街を飛び出してこの街に来たは良いが働く場所にも困っていたのだ。

「あのね。お願いがあるの。私の妹に手紙を渡して欲しいの」

「Letter?」

「そう。手紙。生きてるって事を伝えたいのよ。それにわずかだけどお金も渡して欲しいの。あなたなら信用出来るから」

歩き続けて野生の動植物を食べる毎日。草原を抜けるとインディオの村だった。ナラーに手紙とお金を渡すと喜んだ。「でも、お姉ちゃんも帰ってくれば良いのに」

草原からやって来た大馬はガラランと名付けられた。「ホンマに世界は広いんやな。俺の知らんことばっかや」日本語でひとりごとを言う。こうしないと日本語を忘れてしまいそうだ。

平和な大空を見上げると自分がどこまでも大きく成長していける気がする。

酋長の顔色が変わった。「ガララン。あれが見えるか?……不吉だ。鳥たちが騒いでおるだろう。今に悪いものがやって来るだろうな」何が不吉なのか?……鳥が騒いでいるだけなのに。

白人たちの乗る荒くれ馬に引きずられている麻袋のような物が見えた。違う。人だ。人が引きずられているのだ。白人たちは死んでしまったインディオの身体を引きずって遊んでいるのだ。白人たちは、まだ若者の集団らしい。そして縄を切って死体を置き去りにすると高い笑い声を上げて逃げて行く。インディオたちが駆け寄ると鉱山で働いているはずのバーシの死体だと分かったのだった。

死体を狙って鳥たちが地上に降り始めた。インディオたちが追い払い、死体を村に運んで来る。「やはり、悪いものはやって来たか」酋長は怒りに震えながら言った。

村は酋長の泣き寝入りの案を誰も聞き入れずに報復戦争を仕掛けることに決定した。

「ナラー。お姉ちゃんと会いたいだろ?」ガラランは少女に尋ねる。

「うん。戦争が始まったら会えないの?」

「たぶんな」

血のように赤い太陽が怒りと悲しみに震えながら地平線に沈んでいく。ガラランとナラーはただ見つめるしか出来なかった。

インディオの青年たちが馬に乗ってゴールドラッシュの村へと押しかけた。そして若い娘の首を大きな鉈(なた)で切り裂いた。殺戮に気付いた白人たちが銃を手にインディオの青年たちに向かっていく。

「こっちだ」ガラランはナラーの手を引いて路地裏を走る。

角を曲がったところで乞食をしていたナラーの姉に会った。

「ナラー」

「お姉ちゃん」

ナラーとその姉は抱きあって震えていた。銃声と馬の足音が恐怖心をあおる。やがて大勢は決したらしく処刑台の方が騒がしくなった。インディオたちは皆殺しにされるのだろう。それが分かっていたから酋長は皆んなを止めようとしていたのか。

インディオたちは「戦争」と言ったが、小さな「戦闘」で終わった。白人たちは明日からも自分たちの権利を拡大してマイノリティを虐(しいた)げるのだろう。

女性医師のポーラがガラランたちを見つけた。「あなたたちは逃げて。インディオの村は白人たちがこれから襲撃するのよ。戻っちゃだめ」ポーラは涙を流した。「本当は共存こそがこの土地を豊かにするんだのに」

ガラランたち3人はゴールドラッシュの村を去り、遥かな道のりを歩いた。立ち止まり小屋を建て、簡素な罠を作って獣を捕らえたりしてなんとか食いつなぎ生きていた。何年も過ぎた。雨や土埃(つちぼこり)にさらされた小屋を何度も建て替えるとガラランたちは大人になっていた。

ナラーの姉メグーとガラランは結ばれた。土地を耕し、種を蒔き、時には毛皮を持って街へ行きお金に変えて、砂糖などの必要な物に変えた。

ある日、毛皮を持って買い取ってもらっている時に、老いぼれた姿になった白人科学者ビートと再会した。

「ビートさんじゃないですか?……俺です。大馬百太郎です」

「おお。いつぞやの、海亀の生まれる国から来た少年か。懐かしいなぁ。わしは今から国へと戻るんだが。ヨーロッパの小さな国じゃよ。博物学の草稿がたまったから整理して本にしようと思うんじゃよ。その手伝いにお前も来るか?」

ガラランと妻とその妹は、科学者ビートに連れられて、鉄道で東へ向かい船で大西洋を越えてヨーロッパへと向かった。

その後は科学者ビートの数々の著作を手伝い、自身も博物学を極め、幸せに暮らしたそうだ。

ヨーロッパでナラーは好青年と恋愛結婚をするのだがそれはまた別の話。そして女性医師のポーラとも再会を果たすのだがそれもまた別の話。また話す機会があれば話してみよう。

ただガラランたち3人だけが赤いトウモロコシ族の記憶を持って生きた最後の者たちだったことだけは確かな話だ。

ヨーロッパの幸せな人生で、時には思い出すこともあっただろう。ガラランたちの生きたインディオの村を。草の中を馬で走るグラスランナーの名前の由来を。


(了)




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