小説『二モラ』
徳村慎
二モラの第2の人生はロリータだと決めていた。金銭感覚の無い両親のお陰で随分苦労したのだが、まあ、いいだろう。ついに38歳の誕生日で9歳の少女の身体に生まれ変わるのだ。「でも、大丈夫。生まれ変ればリセットされる」そう呟いてTV画面で調理ボタンを押した。食事は調理室で飼われている半機械動物の猿がやってくれる。
こうして服を着てトイレに入って用を足す中年男の身体ともおさらばだと思うとウキウキとして、それでいて少し悲しい感じだが、朝食を食べれば気分も盛り上がるだろう。
脳の移植手術が簡単に出来る時代だ。そう。ここ小説の舞台は2016年で生活している筆者の世界から言うと未来である。西暦3016年の話なのだ。中年男の身体を捨てて少女の身体に変わる。素晴らしい世界だ。
朝からステーキを食べた。この肉牛は海の中で育てられる。太陽のエネルギーを巨大宇宙船(というよりも人工惑星)で完全コントロールしていて、植物とナノマシンで出来た家に暮らす人類。海の上に浮かぶその家に常に供給される魚介類。その魚介類のひとつが今食べている遺伝子組み換えのエラ呼吸の肉牛なのだ。ミネラルたっぷりで肉の旨味がぎっしり詰まっている。ご飯とサラダも平らげて、豆腐とワカメだけの味噌汁を飲み、肥った醜い腹を撫でた。
地球には海が広がるが、宇宙から地球を見れば大陸のように広がる緑が見えるだろう。これこそ植物で出来た家なのだ。緑の部屋で生きていると、自然が身近になる。食器やエアコンやTVや衣服に至るまで植物で出来ている。20世紀末辺りのプラスチック製品のようなものだ。植物製品が普及している。というより家から自然と供給される。
TVのニュースでは火星で奴隷が暴動を起こしていた。3時間で半機械動物の猿が鎮圧したという。奴隷惑星の火星。人類の肉体を生産するための惑星。9歳の少女の身体は火星のネットショップに注文しておいたものだ。美しい奴隷は短い人生を送る。脳の移植手術用に育てられているためだ。二モラだって本当は20歳ぐらいで第2の人生を送りたかったが、仕方がない。世の中には金持ちとそうでない者がいるのだから。とにかく僕は今日生まれ変わるんだ。二モラは呟いてみる。人より少しスタートが遅れただけだ。そう考えると楽になる。
第2の人生で男性の脳が女性の身体の中に入るのは良くあるケースだ。ほとんどの者が異性になってみたいという願望を持っているからだろう。そして何年かすれば、第3の人生を生きるのだ。この寿命の無い世界では学校なんて、意味が無い。そして優劣の差も。例えば、物を写真のようにリアルに描ける画家というものに価値は無い。誰だって何年もかければ習得出来るからだ。何年だって趣味の時間を持てる。いや、何十年、何百年だって。だから3016年の世界にプロの芸術家は居ない。
人々は、脳細胞活性剤という薬をナノマシンで脳内投与する。脳細胞が古くならないように。新たな思考が生まれるように。人間の幸福とは何なのか。もはや思索ですらない。脳の差異さえ無いに等しいのだから、哲学なんて、どんぐりの背比べ。哲学者も居ない。
この時代に宗教は絶滅した。科学的な解釈のみが生き残る。しかし、人は何者であり、どこから来て、どこへ行くのか?……という問いに答えは無い。寿命の無い世界では永遠しか無いのだから。
二モラは車と呼ばれる翼の生えた半機械動物の乗り物に乗って病院へと向かう。病院に着いた。玄関を入ってエスカレーターを上る時から訪問目的を尋ねる音声認識の宙に浮くボール状の半機械動物のパルスと呼ばれるものに案内される。人はこのパルスに話しかけて病院内を移動する。
「38歳の誕生日、おめでとうございます。誕生日に新たな身体に変えられるなんて素晴らしいですね。こちらが手術室です。脳移植の奴隷は届いていますので1時間ほどで手術は終わるでしょう」
パルスはフワフワと宙に浮きながら喋り続ける。
半機械動物の猿が出迎える。こんな手術は全自動だ。人間の医師のように曖昧な手術は必要無い。冷たく清潔な台の上に横になると麻酔をかけられて二モラは眠った。
目覚めると少し軽い頭痛がした。手を目の前にかざすと幼い少女の手だった。生まれ変わった。輪廻転生。あっけない。僕の外見は少女になったのだ。
柔らかな頭痛が続いていて少女となった二モラは眠った。
集中治療室から大部屋に移された。脳は古いが外見は小学生の患者たちがいた。ソーダと呼ばれる金髪の白人少女は男性の脳を持つ。少女になってエッチが楽しみだと語る。エッグは女性の脳の少女だが前の身体の容姿には不満があったのだという。パンダは女性の脳の少年。女性を支配してみたいと願っていた。人類全ての興味は恋愛なのだ。それだけが人類の仕事なのだ。別の少年少女もいたが似たり寄ったりだ。
女性の脳を持つ少年パンダが二モラのベッドに上がって来た。「君が欲しい。ねぇ、いいでしょ?」二モラの脚をゆっくりと撫でる。それだけで快感だ。だって美少年とのエッチだ。こちらも美少女として感じてみたい。病院でこういうことは珍しくはない。少年パンダは12歳とは思えない大人の技巧でせまる。パジャマ姿から半裸になり、二モラの中心が濡れていく。ここまで濡れたのなら痛くない。ただ感じるだけ。お互いのすべすべした肌を重ねて快楽の中に入っていく。これが人類に残された神秘ではないか。甘い吐息が二モラの唇からもれた。少女二モラは桃色の快楽が白くスパークするのを感じた。
17歳の黒人少年キリンにも声をかけられた。「ねえ、僕と遊ぼうよ」エッチを終えたばかりでフワフワする二モラはうなずく。トイレで背後から重なるキリン。大きなものが貫いた瞬間、胸とアソコのお豆さんが震えて電気が走る。ピルを飲んでるから大丈夫。でも人類は子供を作らない快楽で満足なのだろうか?……白濁が二モラの胎内ではじけて熱く満たしていく。花びらのように可憐な唇から声がもれた。リズムを刻んでガクガクと背中をのけぞらせる。黒人少年キリンは「良かったよ」と二モラの長い髪を撫でた。少年キリンはパジャマのズボンを上げて履かせてくれた。お尻をふんわりと撫で上げられて二モラはつい「あん」と声が出てしまう。
二モラは退院する時にセーラー服とスカート姿に着替えた。長年の夢が叶ったわ。セーラー服ってとっても可愛いもん。次第に女の子の言葉になっていく。脳がかつて中年男性であった身体から9歳の少女の身体に順応していくのだ。
病院を出ると待ち構えていた日本人の肌の20歳ぐらいの男性が声をかけてきた。「あなたってとってもイケメンね」言葉使いは少女のもの。思考回路が女性へと変化していく。身体はペルソナだ。与えられた役割を演じて身体から人格が形成されていく。
地下駐車場に行き、車の陰でやる。片足を日本人男性の腰に巻きつけて。ギュッと抱きしめてやるから守られているような、それでいて攻められているような気分にさせる。男性はいったん外して植物コンクリートの床に横たわる。二モラは男性の棒に腰をうずめて自ら動いた。ギュッと棒を締めつけてあげると、男性は呻(うめ)いて果てた。2人は、しばらく抱き合ったまま動けなかった。
自分の中で女性の思考回路が支配している。つまり演じているのだ。こんな媚態なら男性は喜ぶのだと考えて演じる。ロールプレイングゲームだ。性的快楽も役を演じるゲームにすぎない。
駐車場を出て車に乗ろうとしたら様々な人種の男性5人の集団が無理に車に乗り込んで来た。口を塞(ふさ)がれてセーラー服を破られた。男のモノで穴という穴を攻められる。下半身だけじゃない。口だって耳だって。時には目も。フワフワしたままで受け身になっていたが、行為が終わると気持ち悪さが全身を襲った。集団のリーダーがイタリア系の男前だった。「俺の部屋へ行こうぜ」とニヤリと笑った。
イタリア系の男前はバベルという名前だった。スクール水着に着替えさせられて手錠をつけられた。「俺は『源氏物語』を読んで紫の上みたいな少女をずっと探してたんだよ。二モラ、お前は理想にピッタリだよ」スクール水着の上から全身を舐め回された。ペルソナだ。手錠をかけられてから命令に従う役割を与えられたと思った。逃げ出せない。だってご主人さまには逆らえないもん。隣の部屋からは若い女性の叫び声が聞こえた。ムチのような音もする。こういう世界が本当にあるんだと気づく。ジュクジュクとアソコが濡れるのは快感ではなく防衛本能なんだと考えた。逆らえないが気持ち良くはなかった。ただ、性的なことが続きすぎてフワフワしてるだけ。
イタリア系男性バベルは看護師姿の巨乳の17歳ぐらいの少女を連れてきた。腕や足にムチの跡がある。きっとこの子が隣の部屋にいたんだ。手錠がかけられていてバベルの言う通りの恥ずかしい姿勢をとった。私も他人から見ると、こんななのかな?
いつの間にか二モラは奴隷になっていたのだ。地球も奴隷惑星火星と変わらないんだね。真実に気づく。バベルの行為がようやく終わった。舐めるように命令されたり顔に跨(またが)るように言われたり。腰を触れと命令されたり自分でするように言われたり。クタクタだ。筋肉痛になりそう。とにかく長い夜が終わった。
「私は二モラ。ねぇ、名前は何ていうの?」大きなベッドの上で看護師姿の巨乳の少女に声をかける。薄っすらと目を開いて「カズラ」と答える少女は、ゾクリとするほどに美しい。
二モラはカズラを見つめる。「ねぇ。私、分かったのよ。火星の子供たちも私たちと同じ奴隷なのよ。私、決めた。火星の奴隷を解放するの」
「ダメよ。手錠があるもの。それに、きっと見張ってるわ」
「手錠は壊せばいいの。見張ってるのは、あなたの想像でしょ。見張ってない時間だってあるかも知れないじゃない?」
二モラは机の引き出しを探して鍵を見つけた。まずはカズラの手錠を外して、次に自分の手錠も外してもらった。クローゼットのコスプレ用の服のコレクションから警官の制服を選ぶ。「私たちは婦人警官なのよ。悪をこらしめるの」そうだ。人間は外見から自分の行動を選択する。周りからそうあれと願われれば、その通りに行動するのだ。今は婦人警官のペルソナを身につけている。
窓から外へと出る。高層ビルだった。気圧の差とビル風で吹き飛ばされそう。さすがに9歳の握力は小さいものだと感じた。蔓(つる)植物を握りしめて降りていく。「待ってよ」カズラも後を追った。
15階ほど下に降りたところで両手は血まみれになっていた。蔓にしがみついて降りてきたからだ。まだ地上にはほど遠い。
しかし、ここは駐車場だった。2人は半機械動物の車に乗って翼を動かした。宇宙連絡用の港へと向かう。高層ビル群を眼下に見下ろし、滑るように空を飛ぶ。
車内で2人は両手を消毒して包帯をした。「二モラ。本当に火星の奴隷を解放出来るの?」眉をよせてカズラが言った。寒いのだ、というように自分の身体を抱きしめた。巨乳が強調されてしまいセクシーだ。「分かんないよ。そんなこと。でもコーラでも飲みましょう。気分が落ち着くかもね」冷蔵庫でキンキンに冷えたコーラを取り出して飲んだ。フカフカの絨毯(じゅうたん)みたいな車内でシャツとパンツだけになってゴロリと寝転がる。カズラもそれにならった。2人は、いつしか眠ってしまった。
宇宙連絡用の港に着いた。2人は船内作業員の作業服を着た。身体は少女であっても実年齢が分からないから作業員に紛れることは簡単だ。あとは身分証明カードを手に入れるだけ。
初老の作業監督者の男性に甘い言葉で誘った。「身分証明カードをくれたら、いいことしてアゲル」トイレで3Pだ。初老の男性は鼻の低い黒人だった。お金を貯めて次の身体を買おうと思っていたが、競馬ですってしまったらしい。二モラが激しく男性の棒を吸い込んだ。カズラが作業服の前をはだけて胸を吸わせている。1度目を口内で放出して2度目はバックで中で出させた。3度目はカズラを床に寝かせて正面から抱きしめているので首すじや耳を舐めてあげた。
身分証明カードを初老の黒人男性から受け取り、火星連絡船に乗り込む。今度はお嬢さまのドレスを着ようか。9歳の身体でもお嬢さまはお嬢さまだ。17歳のカズラは立派なレディ。身なりで演じる人物が違うのは楽しい。連絡船のパーティーでお酒を飲んだ時に男性数人に誘われた。カズラはその誘いに応じたようだけれど、二モラはカプセルで眠ることにした。睡眠薬を飲んでクラッとしたら眠ったらしく、目覚めると朝になっていた。大型モニターには近づく火星が映し出されている。そうだ。悪名高き奴隷惑星の火星が。
ところが火星の入国審査で手間取った。パスポート偽造が発覚しそうになったのだ。しかし、黒髪の白人女性審査官が手招きする。「あたしと寝てくれたら、通してあげるわよ」
審査官とソファで抱き合う。見事なプロポーションの審査官が制服を脱ぎ捨てて裸になる。二モラも服を脱ぎ捨てた。大人の女性と9歳の少女がお互い喧嘩する野獣のように交わる。嚙みつき、撫でて引っ掻(か)いて。甘くてべとべとしていて気持ちがいい。9歳の少女の足の指を舐める大人の女性。そして膝に二モラをまたがらせてブルブル震わせる。二モラは快感に背をそらせて前に身を投げ出した。二モラがオシッコをもらすと女性は喉を鳴らして飲みだした。
二モラはピーターパンのコスプレをしてウェンディの格好をしたカズラと合流した。火星の奴隷地区へ馬車に揺られてたどり着く。奴隷たちは埃(ほこり)に満ちた路上で暮らしていた。時々、見回りに来る、宙に浮く小型の無人ヘリコプターに追いかけられたりしている。おそらく逃げないように管理されているのだろう。ヘリコプターにはアームが付いていて先にスタンガンのような電気ショック装置がある。二モラとカズラは奴隷の街へと入っていく。
薄汚い酒場でお爺さんが声をかける。「お前たちは、マリアとミリヤじゃないか。無事だったのか?」
「ごめんなさい。私たちはこの身体に脳を移植して生きてるんです。でも、奴隷を解放したいと考えるようになって、ここに来ました」二モラは涙を流した。
中年の肥ったおばさんが「この悪魔め。マリアから出ていきな!」と何度も二モラを叩いた。「私の子を返しておくれ!」
「ごめんなさい。ごめんなさい」
おじさんが出てきて静かに言った。「やめなさい。お前がどんなに喚(わめ)いたって、どうにもならんさ」おばさんの肥った身体を抱きしめると、おばさんは大きな声で泣いた。
幼い男の子が「ミリヤお姉ちゃん。帰ってきたんだね」とカズラに抱きついた。
「ちょっと、私は、あなたのお姉ちゃんじゃないわよ」
「うそだ。お姉ちゃんだもん」
「嘘じゃないのよ。私は115歳の脳を持つお婆ちゃんなのよ。身体は17歳でもね。でもね。青春は何度繰り返しても楽しいのよ。それが罪なことだと、ちゃんと知らなかったの。本当よ」
「お姉ちゃぁあぁああああああん!」鼻水を垂らして泣き出した。グシャグシャの顔で。
「ごめんね。ごめんね。ごめんね」
火星もいつの間にか夜になった。砂嵐にそなえて空まで覆う大きなコンクリート壁のシールドが閉じられたのだ。
シールドの外から砂嵐の音が聞こえた。台風の時の大粒の雨と風のような、あるいは嵐の海のような音だ。ごうごうと聞こえる。
お爺さんが近隣の住民を集めて言った。「久しぶりの肉だ。みんな、少しずつだが食べなさい。明日は奴隷解放軍を組織して戦うんだからね。たっぷり食べなさい」
二モラとカズラも色んな人々に囲まれて肉を食べた。大家族みたいだ。そうだ。みんな運命をともにする大家族なんだ。簡単に奴隷が解放出来るのだろうか?……出来る限りのことをやろう。明日、死ぬかもしれないけれど。
午前4:00だった。昼間カズラをお姉ちゃんと呼んでしがみついた男の子に2人は起こされた。カズラが髪をととのえながら静かに言った。「なんか、ネバーランドって永遠の死の国みたいな響きね」
二モラはカズラに言った。「ダメよ。ウェンディ。君はファンタジーの世界の住人だよ。夢を信じられなくちゃ生きていけないんだ」
「115歳なのに夢を信じろって言うの?」
「あなただって信じてるはずだわ。人間は何百歳だって夢を見るのよ。あなたは若いのよ。私とあなたが、こうして出逢えたのだって奇跡なんだもの。いつもみたいに近づく女の子に嫉妬(しっと)しなさいよウェンディ」とピーターパンの姿の二モラはカズラの手にキスをした。そして2人はクスクス笑った。
地震のような揺れと重低音の爆発音がした。2人が外へ出ると大人たちがヘリコプターを撃ち落としていた。歓声が上がる。次々にヘリコプターが数機撃ち落とされた。
40歳ぐらいの女性奴隷が叫ぶ。「ハッサクやな!……やったろうやないかいっ」
そのそばに黒人の筋肉質な男性が手を叩き声をかける。「ウラン姐(ねえ)さん。ハッサクって何ですか?」
バズーカを肩に乗せ「傑作(けっさく)のレベル上げたやつやんかぁ」と答えてもう1機のヘリコプターを撃ち落とした。「ボムもやったれや」とバズーカを渡す。そして二モラとカズラに近づき声をかけた。
「おじょーちゃん。地球から来たって本当?」
「うん」
「私もまた地球へ行ってみたいもんやな。まだまだお宝がありそうやし」
「宝ですか。あるんですかね?」
「ある。信じたら存在すんねん。……それよりオモロイで。あの岩はな。ゲハニタスク巌(いわ)って名前の岩でな。この地区の御神体やけどな。アレを爆薬で転がしてコンクリ壁を打ち破んねん。見てみ」
爆発音がしてボーリングの玉のように転がる巨大な岩。コンクリート壁にぶつかると大きな裂け目が出来た。口々に「自由だ!」と叫んで外へと出て行く人々。何世紀もかけて火星の大気は人間に適したものに変えられている。外にはなんと
緑の森が広がっていた。
お爺さんが叫ぶ。「伝説はホンマじゃった。ホンマじゃったんじゃよ。森で生活が出来るんじゃ。豊かな森で」
「逃げ出さないように奴隷地区の外は砂漠だと思わせていたみたいね」とカズラが言った。「私たちも森で暮らしましょうよ。そして輪廻を断ち切りましょ。ね。生きることが素晴らしいのは、死ぬことが出来るからなのよ。悩みも苦しみも無い死の訪れは誰にも平等なのよ」
「二モラ。迎えに来たよ」その声は病院で出逢った女性の脳の12歳の少年パンダだった。もちろんこれは肉体の年齢で脳の年齢ではない。二モラは自然とあの時のことを思い出してしまう。初めて男性とひとつになった経験を。それにしても、どこでどう調べたのか迎えに来るとは。
「奴隷は解放されて半数以上は森へ、あとの残りは火星の都市や地球へと向かうんだってさ。二モラは、どう思う?……これから明るい未来が来るんだろうか?」
「未来を求めてはいけないの。今の現実の生活こそ大事なのよ」ピーターパンの服を脱ぎ捨てて灰色に汚れた奴隷の服をシャツの上に着替えながら言った。「ほんの小さな毎日の喜びに出逢えるって素敵でしょ?」
遠くにはカズラの姿があった。森へと進んでいく喜びに満ちたスキップに思わず笑みがこぼれる。
「あなたも過去の女の子にこだわって迎えに来ちゃダメよ」
二モラは、誰かが捨てたバズーカを拾い上げる。その小さな身体にはまだ重いだろうが、しっかりと抱え上げてから空を眺めた。壊れたシールド壁の向こうには青く希望に満ちた空が見える。澄んでいて気持ちの良い風が二モラの長い髪を巻き上げていた。
(了)
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