小説『高額バイトは古代捏造』
徳村慎
チェーンソーで凍らせた人間を解体する。まるでマグロだ。その処理が終わった骨は大量のシデムシなどの腐肉に集まる虫に食わせる。まだ肉がこびりつく物だ。美味いご馳走に喜ぶ虫たち。その処理の終わった物はカビを植え付けて季節にもよるが1週間ほどで骨だけになる。さらに酸を表面にかけて弥生人を作り上げた。殺人事件で出来た死体を古代人としてでっち上げる。地面に埋めてから古文書の書き写しとして伝わった書物の記す通りに、打ち合わせ通りに土建業者に掘り起こさせる。古文書は戦時中に焼けたと言えば良い。これで村興(むらおこ)しまでが完了だ。室伏(むろぶし)さんの言う通り、こんなに儲かる仕事は無いだろう。何せ口には出せないが、僕らの仕事は公共事業なのだから。
「大枝(おおえだ)、お前、バイトしやんか?」仕事に溢(あぶ)れていた俺に長老格の室伏さんが声を掛けた。公園には遊ぶ子供たちのはしゃぐ声。昼間に「金をやるから来い」と呼び出して数千円を渡して室伏さんはバイトを勧(すす)めた。室伏さんは白髪混じりの爺さんで、変わり者だと近所で評判だ。目がギラギラしていて今から幼女でも誘拐するのかと考えて俺はゾッとした。
次の室伏さんの言葉は、俺の予想に反しながらも非合法の言葉という意味では予想通りだった。
「死体の処理しやへんか?」
日本政府はな、増え続ける老人に年金機構から金を出し渋(しぶ)りはじめたっちゅうワケや。ある程度まびいたれってな。秘かにポックリ死なせとんの。病院でも不審死やって認定せんように手ェ回しとってな。その死体を消すのは勿体無(もったいな)いちゅうてさ。これで商売しょうかと企んだワケや。海外の人からは、今は日本の古代の事が人気らしゅうてな。なんやいうても、外国から金が落ちるのは観光やろ。古代文明の発掘いうても出て来るモンは知れとるしな。古代の王族の文化を捏造してでも日本は金儲けせなな、国債なんて赤字発行やしさ。まあ、儲けようっちゅう話や。そんでな、お前には死体処理をやって欲しいんやぁ。
確かに、このバイトは高額だった。俺はフルチューンのスポーツカーを乗り回すようになった。以前乗っていたのは、せいぜいスクーターだったのに。そして服装はスーツだ。夜の街に出るとブランドのスーツに女たちが目の色を変えてすり寄って来る。以前は服装といえば年中Tシャツにジーンズだったのだが。
ただ、真夜中に死体が俺に襲い掛かる夢だけは勘弁して欲しかった。目の下には隈(くま)が出来た。食べても食べても痩(や)せ細り次第に食事が喉を通らなくなってきた。日中でも頭痛がして歩き方もフラフラしていると出会う知人ごとに言われた。
俺が悪いんか?
酒だけが喉を通るから、ずっと飲み続ける。次第に酒の味が飲み過ぎて血の味になった。肝臓なのか胃腸なのか本当に身体が悪くなったようだ。両手の親指の爪には黒い筋が出来た。飲んでも飲んでも美味くは感じられない酒を飲み続ける。飲み過ぎで下痢続きも当たり前。消化器系も酒でズタズタなのだろう。舌は真っ白になった。生きる事が苦痛になる。
室伏さんが「羽目でも外して女ハメてこいよ」と冗談を言った時に俺はキレた。「アンタは死体見やへんから、そんな事言えるんじゃ!」ははは。と笑う室伏さん。シワが寄った顔を引き攣(つ)らせるように笑うが、目だけがギラギラしている。
「お前に、はろとる(払っている)金はな。気分が悪ぅなる事も考えての金じゃ。不服か?」
室伏さんが背中を向けて大工道具を調べている。
直感で逆らってはダメだと思った。
「いえ。不服は無いです」
「そぉか」と言って室伏さんはゴトリと金槌(かなづち)を置いた。俺を殴るつもりだったのかも知れない。
こんな山村には似つかわしくない『古代の文化資料館』が建てられて国内外からの観光客で連日ごった返している。バスも日に何度も熊野市駅から往復していた。古代人が装飾品として使っていたとされる赤道近くの南方の海で採れる貝殻の首飾りらしきもの。それは現在採れた物を安く仕入れて捏造した物なのだ。そういう仕事は室伏さんが担当している。手を汚す事を室伏さんは嫌う。汚い仕事は俺の担当なんだ。
最近では若い女性や子供の遺体まで回ってくる。いちいち気にしては仕事が出来なくなるから、俺は無関心を装い死体処理に専念する。
ゴトン。物音がした。
俺は素早く外へと出た。髭の生えた男が転んでいた。窓から覗き込んで写真を撮っていたらしい。俺は酒瓶で男を殴りつける。「頼む。助けてくれッ。誰にも言わないから!」男は懇願(こんがん)するが、俺は無視して殴り続けた。どうせ東京の辺りから来たゴシップ記事を書いてる連中だろう。
死体が出来た。コイツも処理するか。大きめの木箱に入れて台車に乗せて押す。建物の北側に位置する窓のある側の地面は、山に面していて泥でぬかるんでいてズルズルとタイヤの跡が付いた。
俺は新しく入った女の死体が余りにも可愛くて、撫でている内に勃(た)ってきた。舐めて冷たさに感動した。床に寝かせて硬直した死体にむしゃぶりつく。全身汗だくで精を放出すると、冷えた女が余計に可愛く見えた。
何日か経って俺の身体に黒い痣(あざ)が出来た。1週間ほどで痣は、ぽつぽつと全身に広がったのだ。死ぬのか。知り合いの店で飲んでいるとホステスがお祓いを勧めてきた。そのホステスは霊感があるのだという。高校の非常勤講師で熊野にある神社の神主もしている人がホステスの知り合いに居るらしい。ホステスの休日に俺は仕事を休んで一緒に神社へと出掛けた。
「こりゃあ。ちょっと……」神主が唸(うな)る。手遅れか。神主の表情で分かった。儀式的にお祓いを受けて帰る。家に着いて車から降りると全身を痛みが襲った。部屋に転がり込むと膿(うみ)の臭(にお)いがした。黒い痣が腐っていく。触ると、ぼとりと肉が落ちた。
俺は崩れる身体を引きずり車に乗り込む。レカロシートに肉片がくっつく。4点式シートベルトを閉めたかは覚えていない。車のアクセルを踏んで走り出す。仕事場へ。仕事場しか思い浮かばなかった。
俺はシデムシなどの虫たちの入ったプラスチックの大きな箱に入る。シデムシたちが俺の肉に喰らいつく。俺はここで骨になるのだ。あばよ、室伏さん。先に地獄で待っとるから。俺の行く先は、どんな地獄やろぅ。シデムシに生まれ変わるのかもな。ははは。
翌日、室伏が見た大枝の死体は、ほとんど骨になっていた。煙草(タバコ)を取り出して火を点(つ)けて、室伏はほとんど白くなった髭(ひげ)を撫(な)でててから、目ヤニを小指でほじくり出した。
(了)
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