B級小説『マルハゲドン』
徳村慎
地球に巨大隕石が急接近していた。「来ぅ~る~。きっとぉ、来る~❤︎」NASAの職員の1人ディランは、あまりの重大事に気が触れて歌い出す。主任ヘップバーンが思い出していた。以前、彼は日本のホラー映画を見たとか言っていたと。
「もぉ~。どーするよぉ~?」泣いて鼻水まで出しながら、顔面の前に両手の平を上に向けて10本の指を空に向けて、主任ヘップバーンが叫ぶ。
「あぼぉおおおん」涎(よだれ)を垂らしながら職員ディランが叫んだ。もう、ど~にもならねぇ。静かに泣いているNASAの全職員。「何か方策は無いのかッ?」主任ヘップバーンが叫ぶ。
眼鏡の坊主頭の職員イチムラが答える。「もう……死んじゃうぅ?」
ツッコむ主任ヘップバーン。「死ぬなんてッ。ダメよォ~。ダメダメぇッ」
職員チャンが言った。「こんな方法が有るアルヨ。扇風機を隕石に置いて隕石ごと軌道を反らすアルヨ」
主任ヘップバーンの頭の中でイメージが浮かんだ。ぶ~ん。隕石に設置された扇風機が何百台も回っている。職員チャンが「すぅ~ずしいィ~アルぅ」と涼んでいる。
ブンブン。主任は頭を振って幻影を追い払う。コメカミと眉間にシワやら青筋やらを立てて拳を机に叩きつける。「却下(きゃっか)あぁァあああああああァッ!!」
職員スティービーが思いつく。「こんなん、どうでっか?……爆弾で粉々(こなごな)にしまひょ」
主任が「計算上は可能なのかッ?」と勢いで身を乗り出す。両眼は血走っていて、唾が飛んだ。
別の職員ワンダーが語る。「いえ、スティービーの案は不可能ですね。隕石の地上で幾ら爆発させても無理ですよ。しかし、隕石内部で爆発させれば可能だと思います」
主任ヘップバーンは唸(うな)った。内部か。痔も内部で効かせるように薬を入れる場合があるのだ。主任は長年の痔の闘病生活を思い返して再び唸る。痛む穴に入れるのは簡単ではないぞ、と。
誰に訊(き)いても彼の名をあげる。その男こそが最高の仕事をするのだ、と。そうだ。丸禿真三(まるはげしんぞう)こそが、この世界で一番だと。
彼はドリアンを空高く投げて脳天でカチ割るというパフォーマンスで知られる。彼が隕石に頭突きで穴を開けて、爆弾を放り込むのが最上の策であるとNASAは判断したのだ。
丸禿は東京秋葉原の歩行者天国で、今日もパフォーマンスをしていた。ドリアンを空高く放り投げて頭突きで受け止める。周囲には人だかりが出来ていた。
パンツ一丁の姿で放たれる彼の根性ギャグに周囲は引きつつもウケている。彼の11歳の娘のチリchanが観客をあおる。「ずっきゅん、ずここん❤︎……ドリアン割る割る❤︎」メイド姿の娘は中々の萌えキャラだ。
流血しクラクラしながら彼はドリアンを割り続ける。パフォーマンスの最後に彼は叫んだ。「どんなモンじゃあァいッ。じゃあ、最後に歌を歌いますッ。おぉれとォ。お前ぇええにィ~」歌はドリアンと戦った後の極めつけのギャグなのか本気なのかは分からないが、また一段とウケている。
そこへ黒ずくめの屈強なスーツ姿の男たちが近づく。無言で手錠を掛けて丸禿真三とその娘を連れ去る。周囲の観客たちは「やっぱり、路上での危険行為にあたるから逮捕されるのか」と妙に納得してしまった。あくまでも周囲に危険が及ぶのではなく、彼の頭部が危険にさらされているのだが。
丸禿親子はアメリカ空軍の最新の飛行機に乗せられて日本からアメリカへと向かう。その間、何も知らされずにいた。「パパ、なんで逮捕されたの?……また、賭け麻雀(マージャン)をやったの?」と娘が訊いた。「違うよぉ。たぶん違うよぉ。賭けなんてした事、そんなに無いんだよぉ?……今年に入ってから101回ぐらいしか」→え?
着いたのはNASAの宇宙船の打ち上げの施設。ヘップバーン主任が説明する。「人類の危機だ。力を貸してくれ。実はな、この地球に巨大隕石が近づいているんだ。君の力で隕石を破壊し地球を救ってくれ。この任務が終われば政府から貴族である証、ドンの称号が贈られる。世界各国をその人生が終わる時が来るまで無償で旅が出来るスーパーダイナマイツゴールドカードが与えられる。ドンマルハゲの名は歴史上最も偉大だと後世まで讃(たた)えられることだろう」
丸禿真三は鼻に指を突っ込んで答える。「やだね」
主任が「では仕方ない。君の娘には痛みを味わって貰おう」と言って素早く動く。「おりゃおりゃおりゃあッ」両拳を丸禿真三の娘チリchanのコメカミに当ててグリグリと回して痛みを与える。
「助けてパパぁッ!」チリchanがコメカミの痛みに泣き叫ぶ。
丸禿真三は苦渋に満ちた表情で言った。「分かった。なんでもする。娘を放してくれッ。この通りだッ」真三は土下座した。
主任ヘップバーンが宇宙船を指し示す。「早速、乗ってくれ。時間が無い」
「え?……訓練は?」丸禿真三が多汗をかいて必死に訊く。鼻水も出ている。
「必要無い。君は普段からドリアンを頭で割る事が出来るからな。大丈夫だ。少々の事では死なんよ」冷たく答えて両手で背中をドンと突き飛ばす。
娘まで弾(はず)みで宇宙船の内部に入り、ハッチが閉まる。親子は急いで座席に座ってベルトをしめる。
ゴゴゴ……。宇宙船は点火されて大気圏に突入した。
隣の座席は、荷物に毛布が被(かぶ)せてあるのかと思っていたが男の人が寝ていたようだった。その男は毛布を剥ぎ取る。「よぉ。アンタがドリアン割りの名人かい?」と気さくに話しかける筋肉質の男。丸禿真三が尋(たず)ねる。「あなたは……?」
「俺は爆発物のスペシャリストのシルベスターだ。お嬢ちゃんは何の専門なんだい?」と2人が会話しているが、ここは物凄いGの掛かる宇宙船の中だ。目を見開き歯を食いしばり涙チョチョギレながらヨダレとおしっこを漏(も)らしながらチリchanは泣いている。
「娘は俺の精神安定剤さ」と答えて冷蔵庫から宇宙食用のパックに入ったビールを取り出す真三。
「かんぱぁあああいィッ!」
大人2人は乾杯している。チリchanは考えた。これって大人エレベーターなの?……そして気を失った。
酒に酔っ払った丸禿真三が歌う。「俺はドンマルハゲ。ドンマルハゲ、ドンマルハゲ、ドンマルハゲドンマルハゲドンマルハゲドン、マルハゲドン……マルハゲドンだあッ」
歌っている間に自動操縦で巨大隕石に着陸した。
宇宙服を着て巨大隕石の地上に降り立つ。「よっしゃ。やったるでぇ」ゴツン。ゴツン。頭突きを地面にかまして隕石に穴を開けていく。ヘルメットの内部で流血した頭でクラクラしながら1時間ごとに休憩を入れる丸禿真三。
「マルハゲドン。あと1時間で穴が掘れないと爆発させても巨大隕石が地球にぶつかってしまうんだ。もっと早く掘ってくれ」とシルベスター。
「ああ。分かった」流血する頭で再び宇宙服を着る真三。「パパぁ。がんばッ」両拳を顔の前に振り上げて応援する娘のチリchan。
ガツン。ガツン。ガキン。
「やったぞぉ。掘り上げたぁああああああああァッ!」感涙に咽(むせ)び泣く丸禿真三。
シルベスターが爆弾を穴にセットしようとして気づく。「……すまん。マルハゲドン。爆弾の数が足りない。爆発させても、これじゃ隕石は割れないだろう」
「なぁにぃィ~?……やっちまったな!」と親子が白眼で叫ぶ。
とにかく宇宙船に乗り、隕石から手動操縦で離脱する。3人は窓の外を見つめた。地球へと巨大隕石が落ちていく。巨大隕石が地球に落ちると、陸地は衝撃で破壊されるだろう。海には巨大な津波が起こり舞い上がった粉塵で分厚い雲に覆われる。植物は光合成しなくなるだろう。つまり人類で生き残るのは3人だけとなってしまった。
宇宙空間を漂うと目の前に巨大な石板が現れた。石板の表面が開いて宇宙船は中へと入っていく。
宇宙船の墓場を通り過ぎた。マルハゲドンには宇宙船が頭脳をコンピューターに移して生きる生命の最期の姿のように思えた。コンピューターおばぁちゃ~ん。コンピューターおばぁちゃ~ん。
太陽の中で生きる光のような生命体を見た。進化し続ければ、肉体を捨てて純粋なエネルギー体になるのだと思えた。ぱわーおぶらーぶ。
そして宇宙船は何故か人間の住む部屋にたどり着く。3人は宇宙船を降りた。この部屋には空気がある。
チリchanが冷蔵庫を開けると中に吸い込まれた。慌てて丸禿真三が冷蔵庫を開くが中は普通の白い機械の空間で、何も無い。ないないない、も~う止まらなぁいぃ~。
シルベスターがトイレのドアを開くと、また、吸い込まれたようだ。真三が確認したが普通のトイレだった。ひっとかっけ、2っこすぅり、サンんぽーるぅ。
丸禿真三ことマルハゲドンは窓を開けてみた。窓の外へと吸い出される。気がつくとマルハゲドンは赤ん坊になっていた。宇宙空間に浮かぶ巨大な赤ん坊。目の前には地球がある。指で触ると分厚い雲に穴が開いた。太陽光がその穴から地上に降り注ぐ。ゆーあーまい、さぁ~んしゃァいん。
人類の生き残りは氷河期のような寒さの中で進化するだろう。新たな宇宙を築き上げる存在へと。
マルハゲドンが眠って目覚めると、周りには似たような赤ん坊が沢山居た。これ以上進化出来ないのだとマルハゲドンは悟った。我々は超人への過程である。もっと進化していくのだろう。大きな宇宙空間を占める母のような存在がオムツを替えてくれていた。柔らかウ○チも、もーらさない。
マルハゲドンは眠る前に、つまらない時間を過ごしたと感じて、宇宙空間に散らばる数百億個の地球の1つに、隕石をぶつけてみたりもした。
(了)
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