小説Tシリ『涙でコーラ』 | まことアート・夢日記

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まことアート・夢日記、こと徳村慎/とくまこのブログ日記。
夢日記、メタ認知、俳句モドキ、詩、小説、音楽日記、ドローイング、デジタルペイント、コラージュ、写真など。2012.1.6.にブログをはじめる。統合失調症はもう20年ぐらい通院している。

小説T-BRO'Sシリーズ『涙でコーラ』
徳村慎


ポツポツ、ポツポツ。大きな雨粒がテントに吹き込んで来る。

「わり(すごく、の熊野弁)、ヤバいげ。雨降って来たぞ」
僕が焦った声を出すと、兄も顔を曇らせる。

神川の桜まつりに初めてT-BRO'Sの作品を出したのだ。ビニールの袋で何とか食い止めようと必死だ。雨は本降りへと変わっていた。

「アカン、撤収や!」
兄の判断で半日経たずに切り上げる事にする。元々、販売というより、展示が主な目的だ。

雨は激しくなる一方だ。軽トラで、まつりの会場から工房へと移動する間にも、ビニールの隙間からT-BRO'Sの作品へと雨水が侵入する。

工房に着いて、びしょ濡れの紙箱を見つめて、兄弟で肩を落とした。作品自体は、ペンダントトップは天然石なので濡れても磨き直せば無事だが、革で出来たコードや、金属のアーティスティックワイヤーが、やられてしまった。これだけの雨になれば仕方が無い。それでも悔しくて僕は涙が出て来た。

小学生時代から有る固いペンダコが、長時間リューターを握り締める事で柔らかくなり、熱と痛みを持つ。それでもボール紙を何重にも巻き付けて、痛みを堪(こら)えて彫刻し続けた僕。

朝から夕方までは石の磨きをして、深夜まで掛かり紙箱の発注や、アーティスティックワイヤーをマスターして、ほとんど寝ていない兄。

この準備のために、苦労して2人で作り上げたジュエリー。烏翠石(ウスイセキ:那智黒石)を宝石と同じ価値を持つ石へと押し上げよう、そう決めた僕らの努力。僕の彫刻技術も、兄の研磨技術も、今では宝石と遜色ないのだ。僕たちの考えは、ジュエリー業界が宝石と貴金属だけの世界から、異素材へと移行する流れと合致していた。

その努力の結晶やのに。何度も諦めかけながら、10年も経っとるのに。僕は涙で視界を曇らせながら歯を食いしばって泣くまいとした。しかし、溢れる涙を止める事など適わない。

そんな僕を見て、兄はポンと肩を叩いた。「見た人は、皆んな、分かってくれとるわ。な。だから、また、頑張ろれ」幾ら、水分を拭き取って乾かしても、特別に箔を押して貰った紙箱や、美しく編み込まれた革紐は使えないだろう。

兄の嫁さんがコーラを買って来てくれた。兄がいつの間にか電話をしてくれていたらしい。僕はコーラを飲んで目を閉じる。僕の大好きな、コーラの弾ける炭酸に、悔しさとは別の涙が熱く込み上げた。こんなに周りが応援してくれとるんや。絶対、いつか、すごい会場に展示したる。涙でコーラを飲み干した。この雨も、いつか晴れる。

(了)

あとがき。
1年前の神川町桜まつりに出した時の話です。もちろん脚色しています。(笑)




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