小説『心臓とクラリネット』
徳村慎
つきあおう。そう言った、18歳になったばかりのクラスメイトの君を、僕は後ろ髪引かれる想いで断った。僕には1年生の彼女が居たから。涙目で、別れてよ、と迫る君を見て本当に別れたいと考えた。僕が君の頬を伝う涙を拭うと、優しくせんといて、と手を払い素早く後ろを向いた。
中学の時はクラブをサボってたまり場の放送部へと急いだ。僕の軽い冗談や、僕が描く漫画のキャラクターを隣で笑う君が居た。僕はひたすら目の前だけを見ていて、君の感情をちゃんと理解していなかった。
高校3年の時。1年生の彼女が出来てキスをしたり抱きしめたりするのが気持ち良かった。大学への受験が不安で。家族ともギクシャクしていた。将来何に成りたいのか、全く分からないし、特別な能力なんて何も身に付いていなかった。勉強も頭に入らないし、ドラムを叩いても上の空。同じ吹奏楽部に入った君がクラリネットを練習しながら心配そうに見つめている。
ただ不安から逃れるために彼女を作ったんだと思う。思えば酷い男だ。1年生の幼い感じの彼女は不器用に僕だけを見ていた。ただ、じっと抱きしめるだけの僕に不安になりながらも何も言えなかったのだろう。
小学校の時、言うてくれたやん?
私のリコーダー上手いねって。いつまでも聴いておりたい、って。だから一緒におりたかったんやのに。
2人きりの教室で、手を振り払い後ろを向いた、君が語る。僕は君の心臓がどんな旋律を奏でるのかが知りたくなった。そっと額を君の背中に付けて聴こうとしたけど、それでは聴こえるはずもなく。腰に両手を回したまま、静かに時が止まれば良いと願った。君だけと付き合いたい、と呟くと、そっと僕の手に両手を重ねて、嘘なら恨むよ、と甘く笑った。
(了)
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