小説『なちの姫神』カバパンダ編04 | まことアート・夢日記

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まことアート・夢日記、こと徳村慎/とくまこのブログ日記。
夢日記、メタ認知、俳句モドキ、詩、小説、音楽日記、ドローイング、デジタルペイント、コラージュ、写真など。2012.1.6.にブログをはじめる。統合失調症はもう20年ぐらい通院している。

ざわざわざわ。
夏子が街へと戻って来ると気配を感じた。禍々しい気配。山で見たカラス天狗の姿が気になって集中力が切れていたのだ。
後で考えたら馬鹿だった。この気配を薄々感じていたのに智徳を帰してしまったのだから。智徳はトライクで山の工房へと走って行く。それを見計らったかのように気配は濃くなる。
ぐうる。
やって来た者が喉を鳴らした。ハイチだったか島国ではゾンビと呼ばれる。でも、この鳴き声で分かる。ここから食人鬼(グール)と名付けられたのだと。
闇から次々に現れる死者の数に冷や汗が出た。こんなにも居るの?じゃあ、力を使わなきゃ。力を出そうとした。しかし、赤紫の蛇のような気体が夏子の身体の近くを飛んでいた。こんな結界、見た事無い。力が出せないじゃない。冷や汗が胸元を冷たくした。
夏子は建物の影へと逃げ込む。死者は、ゆっくりと、しかし確実に追い詰めていく。髪や肩や腕などに一瞬触れる死者の手。どんだけ居るのよ? 泣きそうになりながら走る。赤紫の蛇たちは増え続けている。ヤバい。格下に殺られるはずが無いと高を括っていた。もう、助けてよ。トライクぶっ飛ばして行かないでよ。智徳。ええい。この際、力が全く無い克徳でも良いから助けなさいよッ。アンタ、私の事好きじゃなかったの?
死者の群れが輪となって夏子に襲い掛かる。殺されるッ。
その時、軽自動車がやって来た。窓が開いて猟銃から弾丸が放たれる。銃声が響き、次々に倒れる死者たち。
「夏子ォ」
運転席の窓から叫ぶ克徳。
「速く乗れよ!」
克徳の真剣な表情にキュンとなる。コイツ白馬の王子気取りやがって。克徳のクセに生意気だ。泣きそうだった表情を隠して言う。
「アンタ、助けに来るんなら、もっと早く来なさいよねッ」
「だって智徳兄ちゃんが変な予感がするから、猟師の及川連れてけって、さっき電話が入ったんやけど?」
死者の群れが遠くなる。
「アンタ、あれ、見えてるの?」
「見えてるよ? 変態みたいな化物やろ?」
「あれは死者。たぶん、今、冥界と人間界が混ざりつつあるのよ。だからアンタみたいな馬鹿でも見えるのよ」
「ハア?助けられて馬鹿って何?」
声を荒げる克徳に猟師の及川さんがくつくつと笑う。夏子は頬を膨らませてプイと横を向いた。
夜が明けて闇が白んでいく。そして太陽が顔を出す直前、空が虹色に見えた。闇に慣れた眼でないと見えない微妙な色。きっとスマホでは撮影出来ないだろう。
及川さんが苦笑しながら言った。
「2人とも仲が良いねぇ」

及川は克徳に頑張れよ、と声を掛けて立ち去る。え? と訊き返すが、及川は何も答えず手を上げただけだった。
克徳の部屋に上がり込む夏子。
「シャワー借りるね」
「へ?」
「だから覗いたりしちゃダメだからね」
顔を真っ赤にした克徳がバスタオルを夏子の顔に投げつけた。
「分かっとるわ!」
夏子は絶対ギリギリの線を楽しむ。恋人になれそうでなれない距離をいつも保つ。だから、本当は東京には恋人が居るんだろう。それに、どちらかと言えば兄の智徳の方を選ぶだろう。兄は彼女が居るが、夏子が別れてくれ、と頼めば別れる気がする。そうなると、僕は孤独なんだ。恋愛の焦燥で苦しかった。伝えても、夏子なら、アンタは弟みたいなもんだから、と言いそうだ。なんか乙女の恋心じゃないか。自分が情けないやんか。
夏子にベッドを譲って自分は床で毛布にくるまろうか、と考えたと同時に、シャワーを終えた夏子がやって来て堂々とベッドに寝る。当然のような態度だ。
夜の中で克徳は恋で胸が一杯の苦しい夜を過ごしていた。夏子がすやすやと寝息を立てるのを聞くと、自分が本当に幼いままなんだと強く実感した。この差は一生埋まらないかもな。その結論に達したら、やはり姉のような存在を慕うままで良いのだろう、と悔しいながらも眠りのきっかけとなっていた。

「岩盤のあるトコへ行くわよ」
夏子が歯を磨きながらモゴモゴと言った。
「ええ? 今日は休みだよ? 明日にしようよ」
カーテンを開けられて、まぶしくて顔をしかめた克徳が腕で目を隠す。
「ホラ! 起きろ!」
夏子は歯ブラシを咥えたまま、克徳の毛布を引き剥がす。枕に顔を伏せて縮こまる克徳。するり、と簡単に枕も奪われて投げ捨てられると、しぶしぶ身を起こして座り込む克徳。
「今なんじ? ……って5時半かよ?! マジか!」
「ホラ。そんな大声出せんなら、もう大丈夫でしょ」
「まだ声が低いやろが! 声帯の筋肉が起きてない証拠じゃ! 寝たいわ!」
「え? 私と?」
「は?」
2人は沈黙する。やっと意味に気付いた克徳が顔を真っ赤にして叫ぶ。
「ちゃうわ! そんな意味と、ちゃう!」
「……うん」
俯いた夏子が洗面所に急いで入っていく。それをスケベな男と居られないのだ、と解釈した克徳が頭を両手で抱え込む。
完全に片想いやんか。恋ってこんなに苦しかったっけ? 気を鎮めようとラジオを点けると恋愛の歌が聴こえて余計に苦しくなった。


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