「鳥様。どう見えます?」
秀明は鳥様を見た。暗い炎が揺らめくのは禍々しい心なのか。
「ホッホッホ。秀明。気が早いのォ。アレを手に入れられたら確かに夏子は近うなるのォ。そんなに人間界を手中に収めたいかのォ。このちっぽけなモンをのォ」
秀明の姿は夏子と出会った頃とは変わっていた。左の手の平に小さな女の顔が付いていて、秀明自身の左目は血走って額には血管が浮いていた。暫し夏子の居た辺りに視線を漂わせて再び鳥様を見る。
かつて神と崇められたものが信仰されない事で妖怪へと堕ちる。そうであれば、神と妖の境など無いのだ。昔ならばカラス天狗と呼ばれたであろう異形が杉の大木の樹冠で秀明を片手で抱えると、その巨大な翼で日の暮れた空へと消えた。
「なァ。智徳」
手を上げて大和がやって来る。
「おお来たか」
「サダ坂の幽霊って知っとるか?」
「ああ。あの場所は一度、高校の時に夏子と鎮めたよなァ」
「そやけど、また、最近出るって。峠の走り屋は坂で幽霊見えたら、ブレーキ効かんようになるらしいわ」
「別のモンかねぇー?なァ、夏子」
智徳が夏子を見つめる。天然な所もあるが力だけは信頼出来る。
夏子は大和をじっと見つめる。
「うーん。大和の身体に、付いた気は、唯の幽霊とは思えないのよね」
「じゃ、夏子サン、来て貰えます?」
「今日は智徳だけじゃ、無理かしらね。カラスみたいな黒くて速い気なのよ」
「でも、熊野三山じゃ八咫烏は神聖なものやって聞いたけど」
恐る恐る大和が知っている知識を出してみると、夏子は首を振った。
「このカラスは違うモノね。負のパワーに満ちてる」
夏子、智徳はトライクで。大和はバイクで峠まで走った。智徳は背中に、いつもより気が尖った夏子を感じる。
峠のエスケープゾーンに着くと夜の闇が3人にのし掛かる。まるで生き物のような闇だ。重い。
立ち話をしていると、急に夏子が振り返って道の奥を見つめる。
「何かしら……?」
大和が、夜道の奥を見ても何も無い。ただの闇だ。
目を瞑って両腕を組んだまま、智徳が答える。
「バン……。ワゴン車だな。エンジン音が聞こえる。中々の腕だ。ギアチェンジがスムーズだ」
2分は経ったろうか。
車のライトが近づく。タイヤが温まりキュルキュルと音を立てる。あの音がするのがアスファルトが食いつく良い運転らしい。まずいのはキィーと音が変わった時。いつか智徳が言ったのを、夏子は思い出した。
速度を落として闇夜に白いワゴン車が止まる。ドアがスライドして開くと大きな数珠を首から垂らした僧が15人も出て来た。このワゴンの後部座席に、こんなに入っていたのか、と大和は驚く。まるでスライドドアの向こうが異次元みたいだ。
しゃりん、と手に持った錫杖を鳴らして僧の1人が口を開く。
「夏子様ですね。空海の秘宝を渡して頂きたい」
「……やだね」
答えたのは智徳。ようやく目を開く。その瞳は金色になっている。
「なッ。何者ッ」
僧たちが驚く中、智徳はスッと片手を、顔の手前まで持ってくる。智徳の背後から突風が僧に向かって吹き付ける。
「へ……蛇か?」
僧は、蛇の顔をした髪の長い女が、裸で勾玉だけを首や手や腰や足首に巻き付けた姿を見た。背中から細く長い腕を幾つも突き出してやって来る。
経を唱えて錫杖に縋る僧たち。
智徳は開いた片手を閉じる。
「坊さんたち。山へ帰りなよ。高野山辺りへさ」
風が止んだ。
夏子は思った。色んな宗教団体が秘宝を求めて近づいてくるのね。これからは、もっと激しくなるわ。
夏子たちは腰が抜けたように動かない僧たちを残して、トライクとバイクで山を下った。
「ここが現場ね」
やっぱり。高野山辺りの仏の力とは違う。禍々しい何か。黒く生温い風が夜の中で一際黒く吹いた。夏子にはカラス天狗がカラスの姿で飛んでいるのだと分かった。
「今は鎮めない方が良いみたいね」
「だろうね。ホラ、山の水が途絶えている。此処は冬でも枯れないのに。龍脈が切れ掛けてるんだ」
「一応、お祓いは、しておくから。ちょっとの間は持つと思うの」
いつになく心配そうな夏子の顔に大和も不安になった。だが大和にとっては、いつもと変わらぬ夜があるだけだった。
*この小説は「大きな空の下で」というブログの夏凪さんとの共作です。
イメージを2人で、共有している……というか、こっちのパズルとあっちのパズルをそれぞれが作っていってて、なんか繋がってんなー、って感じで繋げてくれてるのは夏凪さんの力です。広がるんですよね。ルールなんて無いから僕なりに真剣です。
皆さん、向こうのブログも読んで、この世界を楽しんで下さいね。
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