桜は美術室の真下の2階にある図書室へ行った。
「いーずみちゃーん」
「ハイ?」
振り返るのは、冴えない眼鏡っ子の泉だ。夏目漱石を読んでいる。オタクまっしぐらだな、と桜は思った。
「何(なん)か、楽器が出来るとか、聞いたんやけど本当?」
「ああ、コレのコト?コレ、カオシレータ-っていうんよ。これは初代のカオシレーター」
「へぇ。小(ち)っちゃい楽器やね。そんなんで何が出来る訳?」
「失礼な!テクノっぽいものやったら出来るんよ。無限に発想が広がる感じなんよ」
「ちょっと演奏してみてよ」
「うん」
泉の持っているアンプも電池駆動出来るRoland microCUBEだった。KORGのカオシレーターはPATTERN98オートテクノを選ぶ。バスドラムと裏で鳴るシンセベースがテクノっぽい。ミニアンプから流れるリズムが心地良い。録音して、次はS.E.でやりはじめる。
「おおおお!スッゲェ!泉ちゃん。私とバンド組まへん?これやったらドラマーもベーシストも要(い)らんやんか!」
初セッションはバトルだ。カオシレーターで鳴らされるLEADに絡む桜のエレキギター。お互いのミニアンプから音が飛び出ている。音符が踊っているようだ。桜はmicroCUBEのJC CLEANの音を使っているが見事だ。ジャカッジャー。ジャカジャ、ジャージャー。カッティングで複雑なリズムを奏でる。テクノのビートが踊っている、と泉は思った。凄い。このギターでカオシレーターが生きている。
混じり合い、溶け合いながらも、お互いを支え、つき離し、また支え合う。お互いの限界の技を見せつけ合うことで、さらに高みを目指せる。こんな相手が欲しかったんだ。そう桜は思った。
セッションの後で話し合う2人。
「ねぇ、私たちのバンドの名前は何(なん)にする?」と泉。
桜は答える。「うん。私は好きな小説にポーの『アッシャー家の崩壊』があるんやけど、そのアッシャーがギターで奇怪な即興曲を奏でるってあるの。だから、アッシャーがいいな」
「私はテクノやから…テクノ・アッシャーは、どう?」
「いいね!テクノ・アッシャーかァ。うん。いいよ、このバンドの名前」
TechnoUsher(テクノ・アッシャー)は、こうして誕生したのだった。
