前稿では、年を取ってもいきいきと生きるためにわざわざ若者と競うようなことを考えず、自己目的に徹すること、競う相手としてはあくまで自分自身を設定すべきであることをお話ししました。

 

では、自分自身と競わない限り老化は進む一方なのか?

そんなことはありません。

年を取ってもいきいきと生きる、そんなヒントを与えてくれるのが、江戸後期の天才絵師葛飾北斎です。

 

代表作「富嶽三十六景」の中に「山下白雨」(さんげはくう)という作品があります。

現在の富士宮市や白糸の滝あたりから眺めた富士を描き、左手奥には富士五湖周辺の山々まで描かれています。

ドローンもヘリコプターもない時代にどうやってそんな絵を描けたのか?

 

北斎はスケッチをするに当たりこまめに日本各地を歩き回り、その間に対象となる文物の位置関係を正確に脳に刻み込んでいったようです。

この「歩くこと」(運動)と「脳を使うこと」が脳内の海馬の活性化を促し、海馬の主な機能である空間認識能力を高めたのが、「山下白雨」のような作品を生んだ原動力だと近年では分析されているそうです。

記憶力に関しても、近年では年を取っても衰えないことが実証されつつあり、北斎が日本各地を歩き回って蓄積した記憶が、自分の描こうとする風景を立体的に把握できるように作用したのかもしれません。

 

私も、頻繁には訪れないが何度か用事で訪れる所に関しては、最寄り駅と周辺の目印になる場所の位置関係がどうなっているのか、意識しながら歩くということをよくやっています。

ただ用事を済ませるために行っただけではつまらないのも理由の一つですが、位置関係を確認しないとなぜか落ち着かないのです。

特に地下鉄の駅が最寄りだったりすると、地上に上がってからどの方向・方角に行けばいいのか、万一道を間違えた場合に正しい道に戻る手段はあるのか、立体的に把握しておくと、不思議と安心できるのです。

そうやって「ミニ探検」をするとその土地に愛着も湧き、その後その近辺に住む人と思わぬご縁ができたりもします。

人生の楽しみは案外こんな所から生まれてくるのかもしれません。

「自分は自分なんだ」と実感できるのは、何も人間関係における自分の居場所だけに限らず、自分の今いる場所が地理的にどこなのか、それを把握することによっても可能です。自分の「立ち位置」を確かめる作業なのですから。

 

 

もう一つ、年を取ってから「まだ自分にできていないこと」「自分に足りないもの」を見つけることも大切です。

北斎は90歳で亡くなりますが、80歳を過ぎてから「自分はネコがまだ描けない」といって落涙したそうです。

死の直前には「あと5年生きながらえたら完全な絵描きになれたのに」と述懐もしています。

70歳を過ぎてから大胆な構図の富嶽三十六景など、斬新な作品を相次いで産み出しながら、一方でそんな悩み・嘆きがあったというのは意外な気もしますが、その道を究めた人間にとってはある意味当然の産物のような気もします。

人間、できることが増えてくるとうれしくなり、自分はこんなこともできる、あんなこともできると、ついつい自己万能感に酔わされて有頂天になりがちですが、そこでふと立ち止まり、「まだやっていないことってないかな?」と考えるのは非常に大事です。

自分に足りない部分を探すのだからマイナス思考、と思われがちですが、自己万能感・自己愛にブレーキを掛けるという意味では非常に重要な役割を果たします。

自己愛は進歩を止めるからです。

血眼になって自分の足りないところを探す必要はありませんし、それはそれで病的です。

むしろ一定の目的を達成したときにふと立ち止まり、「これでホントにいいのかな?」と自分に尋ねてみることです。

そこで返ってきた答えに従うといいと思います。

「イェス」なら「次は何しようか」と考えて周囲をキョロキョロ見回せばいいし、「ノー」ならまだそのステージで何かやり残しているものがある証拠です。

 

「天才」北斎にしかできない生き方ではありません。

彼は自分の思うままに好きなことを生涯続けて天寿を全うした人です。

「天才」という評価は後世がしたことで(当時もそう評されていたのは確かなようですが)、天才のすることは凡人にはできない、などと勝手に自己規制しないことです。

誰にでも「凡人的部分」と「天才的部分」はあります。

北斎だって凡人な所はありました。部屋の片付けができないなどと言うのはその一端でしょう。

要は、自己規制を掛けずに、自分の「天才的部分」に本人自身が気づけるかどうか、です。

年齢は関係ありません。

むしろ人生経験を経た高齢者の方が、ストックをたくさん持っているだけに気づく要素は多いはずです。

自分の「立ち位置」を確認し、自分の「天才的要素」を見つけて(いちいち「天才的」と思わなくていいです)でき「そうな」ことを探してやってみる、それだけでもその人は見違えるようにいきいきと生きているように見えるはずです。

 

 

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