今年4月から新たにTBSで始まった料理番組「フィーリンきっちん」が面白いです(毎週月曜から金曜午前10時から25分間)。
滝沢カレンと和田明日香が1週間交代で料理を担当し、毎週ゲストを迎えて料理を披露する番組です。
滝沢カレンは言葉の使い方が独特で、調味料の分量なども「小さじ○杯」などという表現をせずに「目薬○滴分」と例えたり、材料を複数使う場合は家族に例えて「○人」「この子たち」などと表現したり、発想が突飛なので私などはそれを楽しみに毎回見ています(和田明日香という人は名前だけ知っていて後は知らないので、その週は見ていません)。
また、アシスタントにお笑いタレントを起用しているので、カレンの言葉への突っ込みも面白く、それが彼女の言葉遣いの面白さを増幅している面もあります。
最近は週1回、彼女がかつてどこかの飲食店で食べた料理を再現する日があり(大抵水曜日が多いです)、自分の舌の記憶から味付けや食感を実物になるべく近づけようといろいろ苦心しながら再現しています。
あくまで彼女自身の記憶に基づく再現なので、実際にそのお店で出しているものに近いのか同じなのかはわかりませんし、本人が「本物よりうまくできちゃった」と言っていたこともあるので、真偽のほどはわかりません。
ただ、味の記憶というのは、視覚や聴覚に関するものと違ってネット上に再現できるものではありません。
古い映像や昔の録音記録で再現できるものはネットにあげて見たり聞いたりできますが、味覚はそれができない。
だから再現する人の主観が入り込むことは避けられません。
しかしだからといって、再現された料理が「間違い」とはいえません。
再現した人の味覚や嗅覚を通して再現されたもの(盛り付けなどは視覚が再現してくれますね)は、よほどかけ離れたものでない限り「再現」の範囲に含めても許されるからです。
それくらい味の再現は難しいということです。
一流の料理人が自分の食べたものを再現すればほぼぴったりのものが再現できるかもしれませんが、そういう人は一般の人以上に味や香りに敏感ですから、微妙な違いもむしろ「許容範囲」内ではないと言って、厳しく評価するかもしれません。
私なども、幼少期によくたべたお菓子を、大人になってから食べた別のお菓子から味や香りで昔似たものがあったな、などと思い出させるものがあり、あのお菓子は今でもあるだろうかなどとネットで調べ、メーカーが廃業したり既に生産されていなかったりするとがっかりすることもしばしばあります。
今の時代ネットで再現できるものは、それを見たり聞いたりすると、再現されたものを自分の記憶として改めて定着させますが、味の記憶はそれができない。
あくまで自分の舌や鼻が覚えているものだけが頼りです。
それだけに、視覚や聴覚に関わるものと違って、細部が異なっているとそこが修正されたりする性質のものではなく、味や香りで核心部分となるところが同じかそうでないかで再現の度合いが決まってきます。
だからこそ、視覚や聴覚で再現されたもの以上に、懐かしい味に出会うと感動し、涙を流す度合いも多くなるのかもしれません。
昔ながらの飲食店がどんどんなくなる昨今、味の記憶は大切にしていきたいものだとつくづく感じます。
