イギリスのソロシンガー(現在はですが)ルイ・トムリンソンは、2010年代に活躍したボーイズグループ「ワンダイレクション」のメンバーの一人でした。

現在このグループは、1人が脱退し、それを機に現在「活動休止中」で、ルイも含めた4人はそれぞれソロ活動を行っています。

ルイは当初グループの中での自分の役割が見つからず苦悶していました。

しかしグループ活動を続けるうちに自分の「居場所」を見つけ、それにふさわしい役割を演ずるようになります。

ところが、脱退騒動を機に2016年に活動休止、グループが生きがいだったルイは茫然自失し、しばらくは先の見えない状態に再び苦しむことになります。

脱退した1人はソロ活動を早々に開始して成功を収め、他の3人もソロデビューを果たしていきました。

1人取り残された形のルイは、音楽活動を断念することも考えたようですが、レッスンに付き合うプロデューサーから「あなたにはファンに対する責任があるのよ」と諭され、なんとか踏みとどまり、2019年にようやくソロアルバムを出します。

ツアーに出てみると、どの国に行ってもファンの歓迎ぶりはすさまじい。

コロナ禍を挟んで繰り出した2022年の南米ツアーでは、グループ時代の元気を完全に取り戻し、音楽を続けてきて良かったと述懐しています(このとき日本公演も予定されていましたが、「諸般の事情により」中止され、来日はまだ果たしていません)。

この年には2枚目のソロアルバムも発表し、私も聞きましたが、バージョンアップされたサウンドに成長の跡を感じました。

 

トップスターというのは、見た目の華やかさとは異なり、多かれ少なかれ「孤独」を抱えています。

多くのファンを抱え、いわば「持ち上げられ」ちやほやされがちですが、それを自分の実像と思っている人はまずほとんどいないでしょう。

だからファンから「ああしてほしい、こうしてほしい」といった要望が必ずしも自分の活動方針に合っているわけではないのです。

ファンの抱くイメージと自分の「こうありたい」という理想像が合致しているわけでもない。

でもファンの望む姿で生きていかないと支持は得られないので、その姿を「演じる」ことで、本当の自分との乖離に苦しみながら、生きていくため(収入のため)にスターを演じている面があるのです。

 

では誰もがそういった「乖離」が大きいのかと言えばそれも違います。

ファンに育てられ、ファンの望む姿になっていくことで、自分が今まで気づかなかった素質や能力に気づかされる。

ファンがいなければ今日の自分はなかった、という意味は、こういう側面が大きいのではないでしょうか。

ワンダイレクションのようなグループだと、メンバー1人1人にそれぞれファンがつきますが、そういう人たちでもやはりグループ全体を応援しているのが基本です。

先述のルイのプロデューサーは、ワンダイレクションにも関わっていた人なので、その時代からのルイを見て彼の資質や特徴を把握しています。

それだけに、音楽を簡単に諦めることに対し、彼を育ててくれたファンに対する「責任」(=日本風に言えば恩返しでしょうか)を果たさなければ辞めることは許されない、という強いメッセージを送り、ルイに活動継続と更なる飛躍を促したのは、実に適時で適切なアドバイスだったと言えるでしょう。

 

SNSなどをやっていると、実世界では一度も会ったことのない人から応援メッセージのようなものを受け取ったりして、それがいざというときの励みになることもあります。

対面でないやりとりでも、自分の資質を認めてくれたり気づかせてくれたりする人は世の中のどこかに必ずいるものです。

それだけでも自分がこの世にいる存在価値がわかろうというものです。

応援してくれる人が1人でもいれば、それだけで存在価値は立派にあります。

仮にいなくても、現在自分に関わっている人、あるいは過去に関わりを持っていた人が、その人の資質・良さに気づいていることはあるはずです。

今そこで生きているのなら、今後関わりを持つ人がその役を果たしてくれるかも知れません。

希望を捨てずに、自殺など絶対にせず、どこかで応援してくれる人のために生き抜くことはとても大切なことです。