人生には複数の岐路があると思う。何かを始めようとする時、決断を迫られて、
やるかやらないかを決断した時は全く分からないけど、時が経ってみて初めて、
あの時の決断が岐路だったな、と思う時がある。
それは中学、高校、大学の学生時代や、転職や結婚でもあるかも知れない。
そこに絶対に出てくるのは”人”であったり”物”や”条件”だったり、それぞれ
違うだろう。何に重きを置いて決断を下すのかは、その時の自分の考え方次第。
自分に置き換えてみると、波乱万丈な人生を今でも歩んでいると思う。
学生時代は勉強嫌いで、不良にもなれない微妙に頭の悪いヤツだったような気がする。
大学受験も失敗続き、挙げ句、海外の大学に進学することになったが、とても行くのは
嫌だったのを覚えている。でも、行ってみたら同じ日本人でも、日本に居たら絶対に
友達にはならないよなぁ・・・と思う奴らと友達になって、それが今でも続く関係にも
なっていて、とても刺激を受けている自分が居る。
同じ釜の飯、じゃないけど、同じ境遇で生活をしていた連帯感もあって、今でも会うと
その時と同じように話せて、とても居心地が良い空間になる。
今となってはその当時に海外に行かせてくれた親にも感謝しているし、良い経験が
出来た幸福も感じる事が出来る。と考えると、留学した事によってもたらされた物は
とても大きいし、海外行きをウダウダと考えていたのは何故だろう?と思うくらいだ。
仕事にしても、最初に就いた職種と直近までやっていた職種では、”どこに共通点が
あるの??”くらい違う仕事をしていた。自分の中の”流れ”の中では違和感は無いけど、
他人に言わせると「何、その経歴?」くらいだ。
でも、転職歴には何も後悔は無いし、そこに居たのは絶対的に信頼出来る”人”が
たくさん居た。自分を求めてくれる人、信頼してくれる人、そして、その人に貢献したい
自分。最終的に役に立てなかった時もあったが、その時の自分としてはベストを
尽くしての結果なので、役不足を受け入れるしか無かったけど。仕事だけでも岐路と
呼べるのは少なくとも片手では足りない・・・でも色々な人と出会って働けて、
幸せな職場生活だったなぁ、と。
何かを決断する時、自分ではメリットやリスクを、頭をフル回転させて色々と考えて
いるとは思う、どれだけ考えて決断したとしても、働き始めて分かる事もいっぱい
ある。けれど、そこで一緒に働ける人が助けてくれたり、もちろん逆もあったけど(汗・・・
万人に好かれる人は居ない。でもごく一部の人にでも好意を持ってもらって仕事が
出来るなら、それだけで十分幸せなんだろう、と思う。
生きている限り、これからも決断しなければいけない瞬間が続く事になるだろう。
でも自分の思っている事や、どういう環境に自分を置きたいかを考えて動いて
行こうと思う。
決断=自己責任、も忘れずに。。。