いつでも、闘っているものはそう簡単なものではないと思っていました。

しかし、考えと思考の置き換えを図ると意外と苦しんでいた自分を超えて行くことができたという事実。

それは、僕だけの力ではなく、守護してくださる守護霊の力と、その他に力を貸してくださる得体の知れない御力があったからです。

心臓の病が、たとえ難病といえども、僕の生きてきた道は奇跡です。時々、悪い思考に考えを向けると胸が締め付けられます。怒られるように痛みが襲います。

実際、過去に大変な想いをしております。忘れもしない12月18日。
記憶に新しい、父の命日の1年前のことです。

発作を起こした状態で、60キロに至る運転の辛さ。

間違いを犯さない。そのために病が、この胸に存在すると感じたのはいつの頃か。
この頃は、不思議なことに無心で毎晩のように勉強していても、具合がおかしくならないという事実があります。もちろん、疲れを感じたら休息をとっていました。

奉仕の気持ちで、「買い物代行」を初めていましたが、震災で不調も不調に。
実際、顧客はない状態で辛い日々が続きます。

しかし、気がついた。

所詮は儲けは度外視であった筈です。今回、目指している資格も必ず人々の役に立つ。

僕の持ち味を再確認!

粘り強さと、真似の出来ぬ集中力ではなかったかと考えました。

もちろん、仕事中は難病指定は忘れていた。調理師の時代に、本気で出雲大社に奉納料理を捧げたいと思った時期があったことを忘れてはいません。

不思議と全力で挑む仕事には、病は目を出さない状態がありました。
真剣に人を使うときも、病は現れることはなかった筈です。

試練が本当の意味ある試しであるならば、生きる道を恐れてはならない。
それが、結論です。