15歳の時に神の啓示を受けて、還暦になりましたので45年経過しました。
ここまで来るまで、とんでもない試練だったと思います。
調理師の仕事から遠ざかり、2011年の震災の後から長期的な無職の時代を経験します。
知り得た聖書の言葉と、イエスキリストの証明をして気がついたら履歴書の返却された数は850通に上り屈辱の時代に自分の今の基礎をコツコツと腐らずやってきました。
法律の勉強、ホームページ作成、パソコンを買ってもらったのは2010年で、
親父が亡くなったのは、2010年12月15日。
あの頃の身体の状況は今よりすこぶる悪くて、
お医者様には死ぬと言われて。
親父が亡くなる前に、病気を死んだら持っていくと言ってましたが。
聖書の言葉を知り、わたしの正体が恐るべきことですが神と記されており。
惨めな状況から高めるとあり、兎に角、身体の回復を図らないと前に進むことは出来ず。
4:19 ああ、わがはらわたよ、わがはらわたよ、わたしは苦しみにもだえる。ああ、わが心臓の壁よ、わたしの心臓は、はげしく鼓動する。わたしは沈黙を守ることができない、ラッパの声と、戦いの叫びを聞くからである。
捨てられた者とあるので、一度は苦しい無職の屈辱でしたが。時が来るまで我慢の連続。
耐え忍び、己を磨くこと。
やれる技術の習得はギターにしろ、パソコンにしろ。
空いた時間は神からの試練で、
48:10 見よ、わたしはあなたを練った。しかし銀のようにではなくて、苦しみの炉をもってあなたを試みた。
30:17 主は言われる、わたしはあなたの健康を回復させ、あなたの傷をいやす。それは、人があなたを捨てられた者とよび、『だれも心に留めないシオン』というからである。
神の啓示の時、その体験する苦しみに耐えられるかと問われ。
そのことを話すなと封印されたので、
その後30年間は心にしまい。
聖書の意味を知り得て、真を知ってからは、まず考えたのは他力本願は禁物だなと。
培ってきた仕事のベースで文句一つ言わず、
神を信じて仕事が入ったら喜んでやって行くだけかなと。
30:8 うそ、偽りをわたしから遠ざけ、貧しくもなく、また富みもせず、ただなくてならぬ食物でわたしを養ってください。
30:9 飽き足りて、あなたを知らないといい、「主とはだれか」と言うことのないため、また貧しくて盗みをし、わたしの神の名を汚すことのないためです。
もし、かつての無職のときに腐っていたら。
今はなくて、誰も知らないその神の試しの経験は宝だなと思うようになりました。
48:11 わたしは自分のために、自分のためにこれを行う。どうしてわが名を汚させることができよう。わたしはわが栄光をほかの者に与えることをしない。
神様、わたしは教わった神の奥義を知らせるために生きてて。
尚且つ、キリストだと認めます。
膝の激痛、大腿骨の激痛、キリストも胸を病んでいたことも分かりました。
時折、脇腹が痙攣するのも当たり前かも。
これも戒めなのだと。