エズラ第二にあるわたしの持っているファイル。

こうあるのだが、

7:69又彼は審判主と呼ばれ給ふ。彼その御言によりて造られし者を赦し、彼等の罪を取り消し給はざりしならば、

7:70恐らくは、大なる群の中より甚しく少き數殘るに過ぎざりしならん。』


エズラ記(ラテン語)にある言葉。

139 そして、裁き主と呼ばれています。もし、御言葉によって造られた人々を赦さず、多くの罪を消してくださらなかったら、恐らく、数えきれないほどの人の群れの中で、ごくわずかの人々しか生き残れないでしょう。」

70節くらいの言葉が意図的に省かれていたことが分かる。

出だしはこうである。

エズラ第二

7:1我これらの言をいひ終りたれば、初の夜、我に遣されたる御使また我に遣されたり。

エズラ記(ラテン語)

1わたしがこれらのことを言い終えると、前の夜に遣わされた天使が再びわたしのところに遣わされて来た。

エズラ第二、61節を見てみよう。

7:61されば信ぜし人々の救のために喜椀あるに似ず、彼等の滅亡を悲む者なかるべし。』

61わたしは、滅びに至る多くの人々のために嘆いたりはしない。彼らは、霧のようであり、炎や煙に等しい者である。焼かれて、燃え上がり、消えてしまったのだ。」

※要するに61節でまったく、ラテン語の文章の意味が異なる。

エノク書の意味が確定的とあるのだ。

97.10.1
 真実の……を彼ら罪人たちは改変し、反論し、多数の人たちを変節させ、虚言し、大きなこしらえ話をこしらえ、自分たちの名前で書物を書きあげる。

97.11.1
 じっさい、彼らは書けばいいのに、彼らの名前で、わたしの言葉をすべて、真実ありのまま、削りもせず、これらの言葉を改変もせず、わたしが彼らに証言した事柄を真実ありのままに書けばいいのに。

さてどうしようか。