物心ついた時から、私の生きる目的は
お母さんの笑顔を見る事だった。
「あんたなんていらない」と言われて、
両親からも兄弟からも、祖母からも嫌われていた。
教師にも沢山差別されたし、
友達関係もあまり上手くいかなかった。
それでも、いつか私の事を認めて本当に大切に思ってくれる人がどこかにいると信じて、
ひたすら踏ん張って歩いて来た。
どんなに傷だらけでも、
どんなに荷物が重くても、
安心して休める場所が無くても、
それでも
正直にひたむきにまっすぐ歩けば、
いつか自分の求めるどこかに辿り着けるはずだと思った。
そう思わないと生きていけなかった。
今まで色々な仕事をしてきた。
色んな人に会って来た。
でも、どの関係もいつか終わりが来る。
どんなに誠実に頑張っても、私がいなくなっても世界は回る。
どんなに頑張ってお母さんを笑わせても、
すぐにその顔は曇ってしまう。
その原因が私だけで無い事は、大人になるにつれ理解したが。
当たり前だ。
人間は生きていたら、笑ってばかりはいられない。
どんなに自分が大切だと思えるものを手に入れても、
どんなに自分を大切だと言ってくれる人が現れても、
それは永遠には続かない。
私たちは生きているし、死ぬからだ。
卵は幼虫になって、幼虫はさなぎになり、さなぎは蝶になる。
私たちは、年を取るにつれて見た目も機能も価値観も立場も変わってゆく。
ずっと同じではいられない。
この年になって、
38年も生きて、
私がずっと人生の目的にしていた母の笑顔も、
自分を大切に思ってくれる誰かを見つけることも、
手に入れたとしても、
決して永遠にこの手に繋いでおくことの出来ない儚いものだと知った。
まるで、若さや美しさ、富や権力や財宝を求めるのと一緒だ。
どんなに努力して世界一の美女になっても、すぐに年老いてしまう。
手に入れても無くなる不安に心を奪われて、
欲望がどんどんエスカレートする。
私は、愛情だけは無くならないと思っていた。
愛だけは不変で、それは変わる事が無いと。
でも、違った。
私を愛さない母から愛されたら、永遠の安寧が手に入ると思った。
母がダメなら、誰か一人でも私を愛してくれればそれで満足すると思った。
でも、人の愛はシャボン玉より脆い。
触れたと思ったら消えて、跡形も残らない。
というか、そもそも本当の愛を表出できる人があまりいない。
本当の愛はすごく力強くて何年経っても変わらず心を照らしてくれる。
そういう愛を持っている人が私は大好きだけど、そういう人には既に一番大切な人がいるんだ。
それでも、その人たちにもらった愛は、どんな時でも全く色あせない。
つまり、私は「誰でもいいから」と思っていたけど、
本当の愛を表出できる人はそもそも限られていて探すのは至難の業だという事だ。
そして、そんな相手を見つける事が出来たとしても、いずれ死が二人を分かつ。
でも、例え死に分かれても、それでも心を照らすのが本当の愛だと思う。
だから、それを手に入れられれば安寧が手に入ると思った事は間違っていないし、
誰だって欲しくてたまらないに決まっている。
でも、私は気づいた。
そもそもの根本として、
私の望みは全部他人次第じゃないか。
母が笑うかどうかなんて、
母が私を愛するかどうかなんて、
私にはどうしようもできない。
私の心が世界一綺麗だとしても、
私が世界一可愛かったとしても、
どんなに優れた人間だったとしても、
母が私を愛するか、笑顔になるかは私にはどうにもできない。
この世界にどんなに愛に溢れた素敵な人間がいたとしても、
私を愛するかどうかなんて、私には決められない。
私が今まで生きる目的にしていたものは、
全て明確な基準が無くて、
全てが他人の心に委ねられているものだった。
そんなの、バカみたいだ。
そんなの、目的地も分からないのにひたすら歩いているようなものだ。
試験範囲も合格基準も分からずに、手さぐりで勉強し続けているようなものだ。
少なくとも、私が人を愛する時に、基準なんて無い。
その人がどんな人であろうと、私の頭とは無関係に勝手に魂がキラキラと輝く心地がする。
その人がどんな外見でも、
年齢も、国籍も、立場も、価値観も関係ない。
その人がその人であるから、愛するのだ。
なのに、私ときたら、誰かに愛されるために、
痩せたり、メイクしたり、一生懸命働いて、人に気を使って、親切にして、おしゃれして、勉強して…
とにかく良い人間になりたかった。
もちろん、全部悪い事じゃない。
でも、目的とは全くズレた努力だ。
目的を達成するためだけに限定すれば、全く意味のない事をしていた。
方法が分からないから、手あたり次第努力をしてきたけれど、
そのどれもが手に入れてもすぐに消えてしまうものだった。
消えないように努力し続けても、
それは歳を重ねる毎にキープするのが大変になる。
立場が上がる毎に義務も増える。
欲しかったものじゃないものばかり増えていく。
私は間違っていた。
今までの人生、ずっと。
がむしゃらに頑張れば良いってものでは無かった。
そもそも、他人任せのものを人生の目的にしてしまったのが間違いだ。
そんな運任せなものを人生の目的にしてどうする。
この歳になって、やっと思う。
自分でどうこう出来ないものを、目的地にしてはいけない。
ふわっとした夢なら良いけど、おとぎの国を目的に歩き続けても行倒れるだけだ。
というわけで、私は今、人生の目的を失っている。
何のために生きていこう。
やってみたい事は全部やって、
行きたい所にも全部行ったし、
会いたい人にも会って来た。
今は、やりたい事も行きたい場所も会いたい人もいない。
全然目的が無い。
だらだらと一日一日が過ぎていく。
何もしないのに年老いて、死が近づいていく。
ただ、いつか死ぬためだけに生きているようなものだ。
そんなのは、つまらない。
私は、私の内側に自分の人生の目的を見つけたい。
どこへ行くとか、誰に会うとか、誰かに愛されるとか、
そういう外側の事じゃなく、
自分自身の中から、光を見出したい。
今の私には人生の目的が無いけれど、
死ぬまでには見つけたいものだ。