親・生徒に訴えられる教師たち(柿沼昌芳)
戦後、教育裁判は、「勤評裁判」、「教科書裁判」、「学力テスト裁判」など国や教育行政を相手に争われる裁判が主流だった。その後、部活のなどでの「学校事故裁判」、さらに「校則裁判」、「体罰裁判」、「いじめ裁判」など学校を被告として争われる裁判、いわゆる「学校裁判」が多発した。その中では、教師の指導責任が問われ、安全配慮義務が問われている。このように、今日、教育裁判は、いわゆる「学校裁判」が主流になり、そこでは、親が教師の過失を問うことが主な争点になっている。
これまで、主には理論的に教師の教育権が指摘され、それに呼応して親の教育権がいわれた。教師の教育権は、一応、確立し、時には、それが「権力」化していることもある。他方で親の教育権は、理論上は、さまざま展開されてはいるが、とくにPTAの空洞化などによって、その実質は不透明のまま今日に至っている。
近時、学校に対する親のクレーム的発言が問題化しているが、この基底に親の教育権の実質的不在があって、そのことが、今、裁判という場を通して学校、そして教師に親としての教育要求を迫っているとも考えられる。したがって、今日の多くの「学校裁判」を教師の教育権と親の教育権の衝突と見ることができる。
このような視点立って今日の裁判事例を見ることにしよう。
横浜市立中学校の生徒、A子さん(姉)とB君(弟)と両親が横浜市に対し国家賠償法一条一項に基づいて損害賠償を請求した事件である。訴えた内容は、姉のA子さんが、所属していた剣道部で顧問教師に腰部を蹴られて受傷した「剣道部事件」、やはりA子さんが授業中に国語の教師から宿題の書き初めにコメントされたときに「やくざ」と言われた「書き初め事件」、その後、頬に切り傷のある似顔絵が掲載された卒業文集を全校生徒に配布された「文集事件」、弟のB君が放課後、公園に集まった同級生たち六人から、「対戦」と称して集団暴行(いじめ)を受け受傷した「『対戦』事件」などである。
このうち「『対戦』事件」については、いじめではなく子どもたちのルールの定められた遊戯と認めて、横浜地裁も東京高裁も横浜市に対する請求を棄却している。「剣道部事件」は、剣道部の部活動中、A子さんが友人に「ああ疲れた、私も年ね」と話をしていたところに、顧問教師が「何言っているんだ、まだ若いくせに」とA子さんの背後から、稽古着、垂れを着用した上から腰の辺りを一回蹴った。顧問教師は、親しみを込めて、冗談に突っ込みを入れるという感じで、軽く蹴ったと主張し、裁判所も認めているが、A子さんは、「そんなに弱くはなくて、だからといってそう強くもなかったという感じです。でもバランスを崩すくらい強かった。」と主張した。これに対して裁判所は、冗談に突っ込みを入れる気持、親しみを込める気持であったとしても、教師が生徒を背後から突然痛みを感じるような強さで蹴りつけることは違法な有形力の行使である暴行に該当すると横浜地裁も東京高裁も判断している。