1000円銀貨
私が小学2年生のとき、古銭に興味を持ち収集し始めた。当時おこずかいは1日
10円か15円ぐらいだ、なぜかは判らないが半銭銅貨170円がほしく、急に
家や近所の手伝いをしたり、幼稚園のころまでは祖母と、おやつを買いに行って
たことを思いだし祖母にあまえる。次の日には、母にお駄賃欲しさの手伝いなら
しなくてよいと言われ、それならしないと答えたら、烈火のごとく怒り出し、家
の手伝いをしないのならこずかいもなしと言われ、しぶしぶ靴を磨いたり、買い
物に行く、靴を磨くと黒や焦茶の靴が良く光るのだ。なぜだろう?母に聞いてみ
ようかな?でも、また、しつこいと言われるだけかな?、、、買い物は好きだ、
行くだけで誰かに褒められるのだ。また、お店の人より先に、商品の合計金額を
言えば、えらいねと言われる、こんなことでと思っていた。帰ると母がおつりの
中から、お駄賃をくれた、アレっという顔をしていたら、いらないのならあげな
いよと言われ、慌てて貯金箱え。くれるのなら何でアンナに怒ったのかな?まあ
いいか。さてもう一稼ぎしよう。(父がよく言っていた)
母の注意は、しっかり忘れている。
近所の竹細工屋では、竹を運んだり感嘆なはき掃除、酒屋では空き瓶の整理や空
瓶のケースの整理、本屋では、本の整理整頓など、ただ店のうらわどうなってい
るのかな?いつのころからか怒られずに店の裏側を見せてもらい、いろいろ教え
てもらい、たまにお駄賃をもらっていた。興味が先で駄賃はおまけである
数日後には欲しかった、半銭銅貨を手に入れる。毎日何回も何回も、見ていた。
綺麗
でもないのに、何がよかったのか、今では判らない。
2ヶ月ほどで、数十枚の古銭を集めたころ、靴の仕入れのため、父が東京に行く
のでついていく。上野駅の近くで、古銭屋を見つけ飛び込む、店頭のガラスケー
スに、1分銀貨800円が目に付く。どうしても欲しくなり、駄々をこねる、足
にしがみつく、腕にぶる下がる、首にしがみつく、泣き喚く、目的を達成するま
で何時間でも、しつこくしつこくである。今思えばとんでもない、クソガキであ
る。しかし、父は易しいのか、しつこさに根負けしたのか、仕入れが終わり帰り
に、あめよこによるときに買ってくれた。きっとで、後者だと思う。
気がつくと、父も古銭を収集するようになり、金貨や銀貨が何十枚もあった。そ
して、翌年には、靴屋の中で古銭切手販売をしていた。私の集めたわずかな古銭
は、いつのまにか吸収されており、800円で買ってもらった1分銀貨が120
00円で我が家の店頭ケースで販売されていたのである。父に返してくれと言う
と、どうせとうちゃんが買ってあげたものだろう、と言われる。かなりフクレル。
父に、外国の金貨を見せてもらい、その国の歴史、地理、経済や金貨のことなど
を説明してもらい、興味が外国金貨に移っていく、父に嵌められたのかな?でも、
先生、近所の人たちには、いろいろ知ってるねと褒められる(単純なのでうれし
い)
あるときから父が急に、1000円オリンピック銀貨を東京でも静岡でも買い入
れているのである、母もよく電話をしていた。1000円銀貨は店頭では200
0~3000円で販売されていて、数日後には2~3倍になると言うのだ。全く
判らない。両親にしつこく聞く、綺麗なお金が高く、汚れたり傷があれば安い、
これは子供でも判る。しかし、1000円銀貨はなんで1000円なんだ?
しばらくして父が、国の信用で1000円銀貨は1000円と国民が認めている
から1000円と言う。(マスマス判らなくなる)
昔農民は米や野菜を作り、猟師は魚を取り、それらを茶碗1杯で魚1ぴきなどと
物々交換していた。農民が魚が欲しいので、お米を持ち、猟師の所へ行きました。
ところが、猟師は米でなく、野菜が欲しかったので、農民猟師とも買い物をする
ことができませんでした。おまけに、荷物はとても重かったので疲れてしまいま
した。
このように物々交換は、不便なことが多いので、貝や石を、お金のようにつかい
始めました。しかし、貝は割れたり、石は形がいろいろなので、いつも同じよう
には交換できません。そこで、お金を作り、ひとつのお金で、お米1杯とか魚1
匹とか決めました。現在は国民がお金の価値を信用して10えん、100円10
00円など同じ価値をもつお金と商品と、交換することができる。お金を信用す
るということは、国を信用することである。(なんとなく、判ったような気がす
る)
1000円銀貨が、なぜ3000円で販売されているんだ?
国の信用で1000円銀化には1000円の価値があり、さらに、銀貨の中の銀
と言う鉱物に価値があり、1000円銀貨はお金ではなく、商品と考えれば判り
よいが、欲しい人が多ければ、値段が上がり、3000円でも欲しいという人が
増えてきたのだ。
なぜ1000円銀貨の価値が、2~3倍になるのか?
銀相場の自由化。
いままでは国内で同じ価格で、売買されていた銀が、世界の人たちが売買するこ
とができるようになり、日本人よりも、もっと高い値段で買いたい人がいっぱい
いたことと、さらに高くなりさらに儲かるのではないかと、思惑で、値段が高く
なって行ったのである。
それにしても1000円銀貨は不思議だ。1000円銀貨にはお金として100
0円の価値があり、店頭のケースの中では3000円の価値がついていて、数日
後には同じ1000円銀貨が5000円になり、さらに8000円になる。価格
(価値)は父が決めているようだ、そして、お客様が値切る、そこで、父とお客
様が、いろいろやりとりし、価格が決まり、売買が成立するのである。人や、場
所、日時で同じ物の、価値が変わってしまうのである。よく店頭で、父とお客様
の駆け引きが楽しくて聞いていると、また価値が下がったと、不思議に思いまし
た。
なんとなく両親が、できの悪いドラ息子に経済のことを教えるのには、苦労した
ことが想像できます。
子供のころの記憶なので、間違いやへたな説明を、お許しください。
10円か15円ぐらいだ、なぜかは判らないが半銭銅貨170円がほしく、急に
家や近所の手伝いをしたり、幼稚園のころまでは祖母と、おやつを買いに行って
たことを思いだし祖母にあまえる。次の日には、母にお駄賃欲しさの手伝いなら
しなくてよいと言われ、それならしないと答えたら、烈火のごとく怒り出し、家
の手伝いをしないのならこずかいもなしと言われ、しぶしぶ靴を磨いたり、買い
物に行く、靴を磨くと黒や焦茶の靴が良く光るのだ。なぜだろう?母に聞いてみ
ようかな?でも、また、しつこいと言われるだけかな?、、、買い物は好きだ、
行くだけで誰かに褒められるのだ。また、お店の人より先に、商品の合計金額を
言えば、えらいねと言われる、こんなことでと思っていた。帰ると母がおつりの
中から、お駄賃をくれた、アレっという顔をしていたら、いらないのならあげな
いよと言われ、慌てて貯金箱え。くれるのなら何でアンナに怒ったのかな?まあ
いいか。さてもう一稼ぎしよう。(父がよく言っていた)
母の注意は、しっかり忘れている。
近所の竹細工屋では、竹を運んだり感嘆なはき掃除、酒屋では空き瓶の整理や空
瓶のケースの整理、本屋では、本の整理整頓など、ただ店のうらわどうなってい
るのかな?いつのころからか怒られずに店の裏側を見せてもらい、いろいろ教え
てもらい、たまにお駄賃をもらっていた。興味が先で駄賃はおまけである
数日後には欲しかった、半銭銅貨を手に入れる。毎日何回も何回も、見ていた。
綺麗
でもないのに、何がよかったのか、今では判らない。
2ヶ月ほどで、数十枚の古銭を集めたころ、靴の仕入れのため、父が東京に行く
のでついていく。上野駅の近くで、古銭屋を見つけ飛び込む、店頭のガラスケー
スに、1分銀貨800円が目に付く。どうしても欲しくなり、駄々をこねる、足
にしがみつく、腕にぶる下がる、首にしがみつく、泣き喚く、目的を達成するま
で何時間でも、しつこくしつこくである。今思えばとんでもない、クソガキであ
る。しかし、父は易しいのか、しつこさに根負けしたのか、仕入れが終わり帰り
に、あめよこによるときに買ってくれた。きっとで、後者だと思う。
気がつくと、父も古銭を収集するようになり、金貨や銀貨が何十枚もあった。そ
して、翌年には、靴屋の中で古銭切手販売をしていた。私の集めたわずかな古銭
は、いつのまにか吸収されており、800円で買ってもらった1分銀貨が120
00円で我が家の店頭ケースで販売されていたのである。父に返してくれと言う
と、どうせとうちゃんが買ってあげたものだろう、と言われる。かなりフクレル。
父に、外国の金貨を見せてもらい、その国の歴史、地理、経済や金貨のことなど
を説明してもらい、興味が外国金貨に移っていく、父に嵌められたのかな?でも、
先生、近所の人たちには、いろいろ知ってるねと褒められる(単純なのでうれし
い)
あるときから父が急に、1000円オリンピック銀貨を東京でも静岡でも買い入
れているのである、母もよく電話をしていた。1000円銀貨は店頭では200
0~3000円で販売されていて、数日後には2~3倍になると言うのだ。全く
判らない。両親にしつこく聞く、綺麗なお金が高く、汚れたり傷があれば安い、
これは子供でも判る。しかし、1000円銀貨はなんで1000円なんだ?
しばらくして父が、国の信用で1000円銀貨は1000円と国民が認めている
から1000円と言う。(マスマス判らなくなる)
昔農民は米や野菜を作り、猟師は魚を取り、それらを茶碗1杯で魚1ぴきなどと
物々交換していた。農民が魚が欲しいので、お米を持ち、猟師の所へ行きました。
ところが、猟師は米でなく、野菜が欲しかったので、農民猟師とも買い物をする
ことができませんでした。おまけに、荷物はとても重かったので疲れてしまいま
した。
このように物々交換は、不便なことが多いので、貝や石を、お金のようにつかい
始めました。しかし、貝は割れたり、石は形がいろいろなので、いつも同じよう
には交換できません。そこで、お金を作り、ひとつのお金で、お米1杯とか魚1
匹とか決めました。現在は国民がお金の価値を信用して10えん、100円10
00円など同じ価値をもつお金と商品と、交換することができる。お金を信用す
るということは、国を信用することである。(なんとなく、判ったような気がす
る)
1000円銀貨が、なぜ3000円で販売されているんだ?
国の信用で1000円銀化には1000円の価値があり、さらに、銀貨の中の銀
と言う鉱物に価値があり、1000円銀貨はお金ではなく、商品と考えれば判り
よいが、欲しい人が多ければ、値段が上がり、3000円でも欲しいという人が
増えてきたのだ。
なぜ1000円銀貨の価値が、2~3倍になるのか?
銀相場の自由化。
いままでは国内で同じ価格で、売買されていた銀が、世界の人たちが売買するこ
とができるようになり、日本人よりも、もっと高い値段で買いたい人がいっぱい
いたことと、さらに高くなりさらに儲かるのではないかと、思惑で、値段が高く
なって行ったのである。
それにしても1000円銀貨は不思議だ。1000円銀貨にはお金として100
0円の価値があり、店頭のケースの中では3000円の価値がついていて、数日
後には同じ1000円銀貨が5000円になり、さらに8000円になる。価格
(価値)は父が決めているようだ、そして、お客様が値切る、そこで、父とお客
様が、いろいろやりとりし、価格が決まり、売買が成立するのである。人や、場
所、日時で同じ物の、価値が変わってしまうのである。よく店頭で、父とお客様
の駆け引きが楽しくて聞いていると、また価値が下がったと、不思議に思いまし
た。
なんとなく両親が、できの悪いドラ息子に経済のことを教えるのには、苦労した
ことが想像できます。
子供のころの記憶なので、間違いやへたな説明を、お許しください。
FMさんと7ツの習慣
わが社では、ようやく先週7ツの習慣の第一章をコピーし、読むようにわたして
おき、自分の経験を思い出し比較して、考え次回みんなで意見を出し合い勉強す
る予定になっています。
昨日現場から、SGさんにからかわれたこと、残業になったこと、作業が順調に進
んでいないことなどで、FMさんが気分悪そうな態度と言動があると責任者のMSさ
んから電話がありました。悪い態度と言葉は、もう一度やってください。もう一
度おっしゃってくださいとFMさんに尋ねるようにと指示を出しました。すでに聞
いてあり、すみませんでしたと謝罪もあったようです。
そこで、朝の朝礼で、昨日Xさんが仕事中に気分を害し、周りの仲間にも悪い気
分を与えてしまったので、7ツの習慣の第一章の刺激と反応を読み返すように皆
さんに言いました。
すると、SGさんが残業は、予定表を見れば判る。仕事の進みぐあいは、銀行だか
ら待ち時間はしかたがない。自分がからかったことで気分が悪くなり、突然の残
業と思い、やりたくなかっただけでないのかと指摘したのです。
Xサンと言ったのに、、、、、、
FMさんは、太めで不器用要領が悪く気がつかない、しかし、アルバイトの世話を
やき雑用も進んでこなす、何をしても何を言ってもなぜか許せる人気者、仕事は
任せて安心見てびっくり、そんなタイプです。
SGさんは、仕事もでき意欲もある、しかし、自分に甘く他人に厳しいので、リー
ダーシップがうまくとれず悩んでいる気の小さく喜怒哀楽が激しい、そんなタイ
プです。
今回は、FMさんがきっかけだが、SGさんにも他の仲間にも、7ツの習慣を勉強を
する良いきっかけになったと思います。
そして私にも、7ツの習慣をベースに公正な支持ができそうな気がしてきました。
というのは、今まではFMさんがミスをしてSGさんが怒ることが多かったのです。
確かにSGさんの意見は正しいことが多いのですが、FMさんが注意を受けているの
が、周りから見ていてかわいそうになってくるのです。そして何か問題があった
ときに、犯人は別にいるのはみんな判っているのに、なんとなくFMさんでチャン
チャンになっておさまってしまうのです。SGさんには、お互いのウインと相手の
立場になった注意の仕方。FMさんには、注意を受けている内用をしっかり認識し
改善すること。私を含め他の仲間には、問題を影響の和に入り解決すること。こ
のように、私の経験や価値観だけでなく、だれにも公平な指針ができ嬉しく思い
ます。しかし、私も社員も、文字ではなく行動で理解できるまでには、時間がか
かりそうです。
おき、自分の経験を思い出し比較して、考え次回みんなで意見を出し合い勉強す
る予定になっています。
昨日現場から、SGさんにからかわれたこと、残業になったこと、作業が順調に進
んでいないことなどで、FMさんが気分悪そうな態度と言動があると責任者のMSさ
んから電話がありました。悪い態度と言葉は、もう一度やってください。もう一
度おっしゃってくださいとFMさんに尋ねるようにと指示を出しました。すでに聞
いてあり、すみませんでしたと謝罪もあったようです。
そこで、朝の朝礼で、昨日Xさんが仕事中に気分を害し、周りの仲間にも悪い気
分を与えてしまったので、7ツの習慣の第一章の刺激と反応を読み返すように皆
さんに言いました。
すると、SGさんが残業は、予定表を見れば判る。仕事の進みぐあいは、銀行だか
ら待ち時間はしかたがない。自分がからかったことで気分が悪くなり、突然の残
業と思い、やりたくなかっただけでないのかと指摘したのです。
Xサンと言ったのに、、、、、、
FMさんは、太めで不器用要領が悪く気がつかない、しかし、アルバイトの世話を
やき雑用も進んでこなす、何をしても何を言ってもなぜか許せる人気者、仕事は
任せて安心見てびっくり、そんなタイプです。
SGさんは、仕事もでき意欲もある、しかし、自分に甘く他人に厳しいので、リー
ダーシップがうまくとれず悩んでいる気の小さく喜怒哀楽が激しい、そんなタイ
プです。
今回は、FMさんがきっかけだが、SGさんにも他の仲間にも、7ツの習慣を勉強を
する良いきっかけになったと思います。
そして私にも、7ツの習慣をベースに公正な支持ができそうな気がしてきました。
というのは、今まではFMさんがミスをしてSGさんが怒ることが多かったのです。
確かにSGさんの意見は正しいことが多いのですが、FMさんが注意を受けているの
が、周りから見ていてかわいそうになってくるのです。そして何か問題があった
ときに、犯人は別にいるのはみんな判っているのに、なんとなくFMさんでチャン
チャンになっておさまってしまうのです。SGさんには、お互いのウインと相手の
立場になった注意の仕方。FMさんには、注意を受けている内用をしっかり認識し
改善すること。私を含め他の仲間には、問題を影響の和に入り解決すること。こ
のように、私の経験や価値観だけでなく、だれにも公平な指針ができ嬉しく思い
ます。しかし、私も社員も、文字ではなく行動で理解できるまでには、時間がか
かりそうです。
子供の目、大人の目
今から40年ほど前、私が小額低学年のころ、父に連れられ静岡祭りに行った。
静岡浅間神社の門前に毎年、戦争で手や足のない人たちが、募金活動をしている。
良い子の私は少ないこずかいから募金しようとした、すると、父がしなくてもよ
いと言う、おかしいいつもの父と違う感じがする。良いことをしようとした私は、
不満そうな声と顔で、なぜと聞き返した。まだ外出し話しをしている人たちは良
い、本当にかわいそうなのは、戦死したり、
肉体的に精神的に苦しみ、家からも出れない人たちだ。そして、そこにいる人た
ちは、本当に戦争で障害を受けたのか判らない、偽者かもしれないと言うのだ。
さらに、本物の軍人なら国から恩給をを受けているので、募金の必要はないと言
う。そして、本当の支援は税金を納めれるだけの収入のある仕事を紹介したり、生活を手助けし、自立した人間
同士としてつきあうことだと言う。幼い私には、目の前の手や足のない人たちが、
かわいそうでならなかった。父は、戦争のことや、物事を見るときには多面的に
見、自分の頭で考え行動するほうが良いと教えてくれたのだと思います。
静岡浅間神社の門前に毎年、戦争で手や足のない人たちが、募金活動をしている。
良い子の私は少ないこずかいから募金しようとした、すると、父がしなくてもよ
いと言う、おかしいいつもの父と違う感じがする。良いことをしようとした私は、
不満そうな声と顔で、なぜと聞き返した。まだ外出し話しをしている人たちは良
い、本当にかわいそうなのは、戦死したり、
肉体的に精神的に苦しみ、家からも出れない人たちだ。そして、そこにいる人た
ちは、本当に戦争で障害を受けたのか判らない、偽者かもしれないと言うのだ。
さらに、本物の軍人なら国から恩給をを受けているので、募金の必要はないと言
う。そして、本当の支援は税金を納めれるだけの収入のある仕事を紹介したり、生活を手助けし、自立した人間
同士としてつきあうことだと言う。幼い私には、目の前の手や足のない人たちが、
かわいそうでならなかった。父は、戦争のことや、物事を見るときには多面的に
見、自分の頭で考え行動するほうが良いと教えてくれたのだと思います。