決断のタイミングは難しいですよね。
その局面に立っている以上は、何かを懸念しているということ。懸念することすなわち、「決断することで後悔するかもしれないこと」がその先に待っている訳だから、中庸に濁しておきたいという気持ちも、平和主義的な観点からは分からなくもないです。
でも、決断を重ねていかないと、人は前に進めないんですよね。
それが紐つける後悔の可能性すらも見やることない、場合によってはエゴ、人でなしとも揶揄される強さ(?)があればいいのだけれど、一概に捨てきれるものばかりがその局面に揃ってるような恵まれた状況は、僕の経験上ではないです。むしろ、いや、当然と言うべきか後悔するようなことばかり。
当然、選んできたものも含め、魅力あるモノ、ヒトに恵まれてるからこそ立てる多くの局面があるのだろうけれど、常になんらかの後悔を抱えているのが人間なんじゃないかなと思ってます。
いっぱい後悔を抱えては、進めなくなることも経験してきているけれどね。そのパッキングだけは上手になったよなぁ。。。それでも教科書と一緒で、進めなくともなにかを捨ててしまうのは、それまでの積み重ねた決断の礎をもふいにすることにもなってしまうような、崩壊的な感覚に苛まれてしまうから、自己否定をクセづけないためにもなるだけ多くの後悔を見える位置に置いています。
自らに理解をさせていれば、そんなもんです。
そうやって進めないことを少しでも正当化しようとするのはズルいんだろうな。
前のめりに倒れ込む勇気をかき集めながら、タイミングばかりをはかっているのが現状のような気もするけれど、もうちょっとでとてもシンプルなカタチに収まるはずなので。
後悔と供に生き、それ以上の期待と可能性を捻出する。難しく言っちゃえばそんなものだけど、黒白だらけの、目に悪い世界には到底生きられそうにありません。少なくとも、俺は。
整理好きが功を奏してるかな。
A型でよかったと叫びたいね。
その局面に立っている以上は、何かを懸念しているということ。懸念することすなわち、「決断することで後悔するかもしれないこと」がその先に待っている訳だから、中庸に濁しておきたいという気持ちも、平和主義的な観点からは分からなくもないです。
でも、決断を重ねていかないと、人は前に進めないんですよね。
それが紐つける後悔の可能性すらも見やることない、場合によってはエゴ、人でなしとも揶揄される強さ(?)があればいいのだけれど、一概に捨てきれるものばかりがその局面に揃ってるような恵まれた状況は、僕の経験上ではないです。むしろ、いや、当然と言うべきか後悔するようなことばかり。
当然、選んできたものも含め、魅力あるモノ、ヒトに恵まれてるからこそ立てる多くの局面があるのだろうけれど、常になんらかの後悔を抱えているのが人間なんじゃないかなと思ってます。
いっぱい後悔を抱えては、進めなくなることも経験してきているけれどね。そのパッキングだけは上手になったよなぁ。。。それでも教科書と一緒で、進めなくともなにかを捨ててしまうのは、それまでの積み重ねた決断の礎をもふいにすることにもなってしまうような、崩壊的な感覚に苛まれてしまうから、自己否定をクセづけないためにもなるだけ多くの後悔を見える位置に置いています。
自らに理解をさせていれば、そんなもんです。
そうやって進めないことを少しでも正当化しようとするのはズルいんだろうな。
前のめりに倒れ込む勇気をかき集めながら、タイミングばかりをはかっているのが現状のような気もするけれど、もうちょっとでとてもシンプルなカタチに収まるはずなので。
後悔と供に生き、それ以上の期待と可能性を捻出する。難しく言っちゃえばそんなものだけど、黒白だらけの、目に悪い世界には到底生きられそうにありません。少なくとも、俺は。
整理好きが功を奏してるかな。
A型でよかったと叫びたいね。