身内に足を引っ張られて、何が上手くいくわけがない。

感覚の違い、感性の違い、品格の違い。
挙げればきりがないほどの違いが、抵抗になって上手く進まない。

自分の言った通りに動いてくれなくていいから、
せめて同じような方向を向いた人間が揃わないと、
組織の推進力は形成されないし、生まれもしない。

最低でも、他と同じスタートラインに立つことが出来なければ、
目標も描けなくて当然なんだよな。


多分、長くないわ。

何気ない話がいつの間にか相談事になっている相手と言うのは、
貴重ですよね。
愚痴とは別に、無意識のうちに相互理解を求めようとする相手が近くにいるのは、
それはもう貴重なことだと思うんです。

僕自身、ここに来てからは相談を相談として聞くことは多いけれど、
何気ない話が流れて、結果、相談事になっていることは大分なくなりました。
それ以上に、僕がそうする相手がほとんどいなくなったというのが正しいのかもしれない。

歳をへてだとか、そういった要因でなく、
ただ、そういった「対話」をする相手が、少し前に比べて格段に減った様に思います。

こればかりは相性ってやつなんでしょうかね。
求めて手に入れられるものではないことは重々承知していたし、
それでも見つけてきた経験があるからと少し大きく構えていたんですが、
そうカンタンには見つからないものということを、最近改めて認識しています。

ま、どこにいてもまったくのゼロってことはないんですけどね。
それでも、対話出来る相手に囲まれていると、なにかと便利で
なにかとスムーズなものは多くあるんです。


「近くなくとも、上手く出会いたい。」
そのためにも、もう少し行動範囲を広げていかないとね。
こう、人が近くなったり遠くなったりすることを感じる様になったんですが、
あんまり高をくくりすぎて、遠いもんだと決めつけてしまうのも
また相手に対しては不躾な話なんですよね。

日本の風習として根幹にある部分も理解出来なくはないけれど、
それを飛び越えるところに何ものにも代え難い価値を知れば、
なんだかとても勿体ないことをしていたことにも同時に気付かされます。

なにか踏み越えられなかった部分が、これまでにない契機を生み、継続する。
そんなビジョンが、身の回り色んな局面に最近生成されていて、
楽しいんです。

常に能動的であることが、いろんなものを変えていく。
受け身のそれをやんやいう暇があるなら、一歩でも動いてみることを考える方が、
思う以上に建設的で、思う以上に快く受け取ってくれるものが、
分かってきた様に思います。

される前にやんなきゃな。
愚直であること。これ忘れてました。
もったいないってんじゃないんですが、
ホント、いろんな局面の決断に際して、これでもかというくらいに味噌っかすな方を引いてます。

それもこれも背景に何が為なんて明確な目的がある訳じゃなくて、
なんだか踏み切れないままに、立ち返ってみれば「あーあ。」ってことのが結構多い人生なんだ。

今回、上京してまざまざと感じることがたくさんあって、
フラッシュバックや思い返すことも本当にたくさんあって。
それに見合う選択の上に立っている現在への自信を
無くしてしまったように感じてます。

何とも言いがたいんだ、こればっかりは。
自分で選択してきたんだもの、自分以外に理由があるわけがない。

そんな味噌っかすな選択をこれからどれだけ続けて行くのかは分からないけれど、
ありもしない可能性ばかりを抱えてちゃ、一向に前進しないように思えてきた。

棚卸しってやつかな。
ナイモノネダリを一旦整理して、最上の答えをまとめること。
いま出来る精一杯のことを携えないと、
なんだかいろんな人に、いろんなことに申し訳ない。

消えないものも、癒えないものもたくさんあるけれど、
立ち直ってもう一回頑張ろうと思う。
自分に理由がある以上は、まだまだ頑張らないとな。
久々・・・というほどに時間も空けていないのだけど、上京してきました。

今回は、少し前に書いた表彰式に出席と言うことで、
写真をパシャパシャ撮られて、ありがたいお話もいただいてきました。

そこで思い出しました。
僕ぁあんまり褒められたり、祝われたりすることが苦手でしたね。

こう、何をするにせよ、褒められた時にどう立ち回っていいものかというのが、
このオトナにしてよく分かっていない。
褒められるための頑張り方なんて生涯してこなかっただけに、
なにかこう受け身な立場には切り替えられないというか、
祝っていただく申し訳なさばかりで楽しくないんですよね。

ま、そんな面倒くさい人間が爆発している中でなんとか目的を遂行して、
銀座に。
当然、理由も知らない7、8人ほど集めてわいのわいのしてました。


何が無くても集まったっていいじゃない?
それぞれ持ち寄るものがあっても後悔こそはそこにはなかったでしょう?

自分にもいい聞かせられる部分もありながら、
しばらく抜けていなかった肩の力が自然と抜けていたことに、
結構な価値を放置してきたもんだと再認識しました。

・・・と、書きたかったことはこんなんじゃなかったな。
とりあえずは経過報告。
ではまたお次で。