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ペキニーズです。


まめたろう君(シーズー)は、このペキニーズと、ラサアプソというワンコをかけあわせた子です。


ハナペチャ族、バンザイ。
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今日は同居人J&Aの結婚式二次会です。


司会者は……


!!

も、もしやムーディー!?

すげえ。



…と思ったら、同居人Yでした。

あなた、似すぎですから。
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たぬきの置物が二つ…

と思いきや、にゃんこでした。


ふっくらしてます。薄目を開けてチラッと見てます。
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おはようございます。


6:30までに起床し、散歩する生活を始めて、


4日目。


とりあえず、三日坊頭はクリアしました!


えらいぞ、私。

今日も神社&豪邸巡りに行ってきます。

アロエ

土の栄養状態が良すぎて、大きく育った、うちのオバケアロエ。

上の方の伸び具合が、なんかこわい。


かお


ある朝、歯を磨いているときに、思った。


「これから、自分にとって良くない事が起こったら、自分のせいだと思い

 反対に、良いことが起こったら、周りの人のお陰だと思おう。」



この事をブログに書こうと思っていたら、翌日。

読書後のアウトプットをメーリングリストで配布していくれているNさんから、送られてきたメールに。


・・・同じことが書いてあった。


読んだ本の内容に、上記のことが書いてあったという。


得意げ先、越された感。


なんとなく、嬉しいようでふてくされつつ、これまでそのままにしておいた。



同じような事を考えている人は、結構多いかもしれませんね。


私は、「客観的に自分を見ることの大切さ」を学び始めたときに、この結論にいたりました。



最初、「客観視」というのを、スランプの時に使っていました。

スランプの時、その状態を客観的に、あたかも第三者かのような視点で見ようとする。

でも、それって何か違うということに気付きました。


何故ならば、客観的に見るというのは、すなわち、感情の起伏を奪うからです。


客観的に自分を見る⇔自分の感情の起伏を捨てる、置いておく


このような事は、辛い時にこそ使いたくなるのが、人間の性分ってもんです。

あんまり落ちたくないし。

客観的でクールな自分でいたいし。


でも、ひょっとして逆だな、と思ったわけです。

客観視しなければならないのは、うまくいって絶好調!って時かも、と。



辛いときこそ、思いっきり落ちてみる。

ちょっと怖いけど。

内省してみる。


そして、うまくいっている時には、「自分、すごい。最高。」と褒め称えた上で(←ここ重要)

周りの人の協力がいかにあったかを、客観的に考えてみる。

外に目を向けてみる。



辛いときは、他人のせいにしてしまうもの、無意識で。

良いときは、自分の手柄にしてしまうもの、こちらも無意識で。


その辺のバランスをうまく取るものかもしれないですね、客観視というヤツは。


とりあえずなんにせよ、人として美しくありたいものです。

その一言に尽きる。