ユダヤ教には安息日と言うものがあります。
人間にとって休むとは何か、2000年以上前からユダヤ教徒の人々はその問いと向き合ってきました。週にいちど金曜日の日没とともに訪れる「安息日」。それがシャバットです。
シャバットって皆さんご存知でしたか?
ユダヤ教では、神が天地創造の7日目に休息をとったという聖書の教えをもとに、金曜の日没から土曜の日没までの間を聖なる日「安息日」と定め、一切の「労働」が禁じられているそうです。
一部のユダヤ人は39種類の禁止事項をかたくなに守っているそうです。例えば「耕す」「蒔く」「壊す」「書く」などなど、、
宗教指導者のラビは言います。
「もしあなたがトヨタで車を買って調子が悪くなれば、GM や街の工場ではなく、やはりトヨタの整備工場に持っていくことでしょう、、人間を造りたもうた神が定めたのが安息日。なれば、その日に身体と精神を休めるのが最善」であると、
「金儲けを決して否定はしませんが、人間はずっとは働き続けることはできません。私たちユダヤ人は、神の教えを守って定期的に英気を養う道を選んだのです。それが最も効率的に働ける道だと信じて」と、
やはり自分なりの安息日は大切と、私も常々考えています。携帯電話やパソコン、テレビから解放されて、友人や恋人、そして家族と一日を通して語り合う。24時間とまで言わなくても思う存分面と向かって対話し語り合うことは大切です。家族あっての私たちです。また頭や体を十分に休めることもとても大切です。最近はしみじみ感じます。
また感謝の言葉も口に出してこそです。
携帯電話などは言うまでもなく最高に便利です。しかしそれ故に、一番大切な家族との語らいが減ってしまってきているように思います。
私のように携帯電話が出現する以前から生きている人間には、昔に比べると日本人全体の家族との団欒が少なくなってきているように感じてしまいますが如何でしょうか?
そうした部分でも、自分自身のシャバットが「今」必要なのかも知れません。
一日何もしない日を、できる限り無理のない範囲で良いので皆さん作ってみては如何でしょうか?
ちなみに、5、6年前にシャバットに近い考えのもと、携帯電話や人混みの世界から少し離れてみようと思い、キャンプや山登りに詳しい元アスリートの友人に相談し実行に移したことがありました。
諏訪の山を横に入り一日過ごしてみようと簡単なキャンプ道具を持って車で諏訪の山の麓まで行き意気揚々と一歩を踏み出しました。
私は山を横に入って行く予定だったのですが、元アスリートの友人は山を縦に入って行く気満々で、1,200mだったか、1,400メートルだったか、、とにかく急角度の山道を安息日とは程遠い猛烈な運動量で登ったことがありました。
おかげで携帯電話どころではなかったので、そちらの願いは叶いましたが、夕方になると今度は雨が激しく降り始めてきました。夜には猛烈な防風雨になってしまい、なんと持参したテントも何処か遠くに吹き飛んで行ってしまいましたw
そうなると、もう逆に面白くなってしまい、緊急避難小屋を見つけてホッとしたところで、感謝の念がふつふつと湧いて参りました。そこで縄文から続く諏訪の山の頂きで、ケイさん流の感謝の舞を半裸で舞っておりました。もちろん周りに人っこ一人いません。元アスリートが小屋に1人でした。
その後は、感謝の舞が天に通じたのか雨も穏やかに変わっていきました。しかし震えるほど無茶苦茶寒かったのを今でも覚えています。
これは、私流のシャバット体験の失敗例ですw
ちなみに誰もいないと思って感謝の舞を踊っていましたが、すぐ近くからそれを見ていた人々がいたのには後からビックリしました。その日は諏訪の花火大会の日だったらしく、山の頂上から花火を見ようと登山して来ていた方々でした。
あまりに土砂降りの雨のカーテンでしたので、カーテンの向こう側に人がいたのには全く気づきませんでした。花火大会は中止でしたが、皆さん優しい目と心で私の舞を見守っていてくださったそうです。後から仲良くなって温かい飲み物いただきました。
皆さんも雨の日の舞には十分にご注意をw



