以前から、定期的にブログでご紹介させていただいている、子どもへの思いを綴った、ある若いお母さんの詩を今日はご紹介させていただきます。
今、私の横ではつい先程まで二人で走り回って遊んでいた息子たちが、いつのまにか寝息をたてて眠っています、、その横顔はまるで天使のようです。(笑)
家族をおいて、この世でこれ以上の宝はありません。
一人は仮死状態で生まれてきました。もう一人もいつ心肺停止になってもおかしくない状態で生まれてきました。二人とも、その夜を越せるかどうかの状況でしたが、生命力旺盛に命を燃やして乗り越えてくれました。
そして今、小学1年生と2年生へと成長致しました。
二人とも支援学級に通っています。
いわゆる、ADHDです。
まあ、人より少し勉強が出来なくてもいい、人より少し不器用でもいい、なんであれ本当に健康でいてくれて、優しくであればそれで良いと思っています。
やっていて楽しいことに夢中になってくれれば良いと思っています。
日々成長している息子たちに喜びを感じ、今日あった出来事を嬉しそうに話す二人に耳を傾ける日々が何よりも愛おしい、、
思い出せないから、私たちはつい忘れてしまうのだ。
この毎日が、ずっと続かないということを。
1人でゆっくりお風呂に入れるようになったら、湯船の中あなたと向き合い数を数え、柔らかく響いたあなたの声を、私は思い出すのでしょう。
1人で好きなだけ寝返りをうち眠れるようになったら、どこまで寝転がっても隣にいないあなたのぬくもりを、私は探すのでしょう。
好きな音楽のCDを好きなだけかけられるようになったら、この部屋の中に溢れていたあなたの笑い声を思い出して、私は泣くのでしょう。
好きなだけお化粧に時間をかけられるようになったら、私の洋服をひっぱり、膝の上によじ登り、私のやることなすことをお邪魔してくるあなたのその小さな手を思い出して、私は泣くのでしょう。
好きなだけヒールが履けるようになったら、笑い転げるあなたを追いかけて走り回り、泥だらけになって遊んだあの空を思い出して、私は泣くのでしょう。
自分とパパの洗濯物だけを回す日々が訪れたら、砂まみれの靴下も、おしっこを失敗したズボンも、牛乳をひっくり返したシャツも、洗濯カゴにないことを知って、私は泣くのでしょう。
あなたの足音がしない部屋の掃除機をかける日が訪れたら、粉々になったビスケットの食べこぼしも、小さなおもちゃの部品も、あなたの細い柔らかい髪の毛も落ちていないことを知り、私は泣くのでしょう。
1人で好きなことを好きな時に好きなだけ出来るようになったら、どんな時も「ママ」「ママ」と私を呼び、どんな時も私のことを探しているあなたの姿を思い出して、私は泣くのでしょう。

