googleとかの検索サイト、はてなブックマークやその他の情報サイトからは、
自分の興味にあったページへ自由にアクセスできる。
ものごとへの賛同・批判・意見や対処方法など膨大な情報が詰まっている。
なにか困ったことがあっても、適当に検索したら、
必要な情報を受け取って解決できる環境にある。
googleマップで近くのコンビニを検索して町へ出たら、
実際にそのコンビニへたどり着けるだろう。
確かに大体の書いていることは正しい
受け取った情報を実際に検証してみて本当に正しいと判断できた場合には、
この情報は信頼できるものと思うだろう。
けれどその信頼は時に崩れることもある。
googleは多くの人が信頼してるからかもしれないけれど、
けれど時たま、更新されていなくて情報が古いこともあったりする。
今まで正しくて、信頼できてたからってこれからずっと、
絶対に正しいと言い切ることはできないはず。
その道の専門家でも間違ったことをいうのだから。
素人の情報などあまり当てにならないはず。
特にネットでは誰が書いているのかがわからないのに、
ましてや人を騙そうとしている人たちもいるかもしれないのに。
けれども受け取った情報が正しいと信じてしまう。
これはなぜなんだろう?
多分、受け取った情報を信じるほかないからだろう。
人間の知識には限界があるから全ての分野においての専門家になることはできない。
だから自分の専門外の知識については教えを請わなければならない。
それは仕方のないことだ。
そこで大事なことは、受け取った情報が正しいかどうかだ。
けれどこの点は矛盾していて、
情報が正しいかどうかを専門家でない人がどうやって判断するのか、という疑問が浮き出る。
専門家が苦労してやっと判断できるくらいなのに、素人が正しいかどうか判断できるワケがない。
だから信じるしかないのかもしれない。
けれど自分で判断せず信用しきっているのもどうかと思う。
これは情報を右耳から左耳へと流していることと等しいのではないか?
多分情報を受動的に扱ってはダメだ。流されてしまうぞ。悪くいえば洗脳されるぞ。
受け取った情報を自由に判断・解釈する権利が平等にあるはず。
信じるな、とは言わない。けれど持っている権利は力だ、惜しまなく使おうと思う。
この記事も正しいかなんてわからないけれど。