慢性的な人手不足の原因は、給料の安さをはじめとする労働条件のわるさであることが明かな職場に、大阪市の出身で、学歴が西日本方面の地方名が何のひねりもなくそのままつけられた大学の工学部卒業と申し分なく、学生時代はアメリカンフットボール部でからだを鍛え、還暦近くなって、福井県にゆかりのある偉人の研究のため福井にやってきたという触れ込みの人が入ってくることになり、高卒程度のどちらかといえば社会の底辺近くで過ごしてきた者たちが雁首を揃える職場の面々は、人を見下したような気難しくいかめしい人がやってくるのではないか、と戦々恐々としていました。
この職場においては、パチンコの話をすることがすぐに周囲にとけ込める「鉄板ネタ」であり、大勝ちして温泉旅行や飲み屋などで豪遊したなどという武勇伝や、大負けして家賃を払えなくなったとか給料日がくるまで水を飲んで過ごしたなどという失敗談が受けるのであって、パチンコはやらないものの、人生の大半をパチンコ店で過ごした金沢廃品回収業界の重鎮の「閉店間際に大当たりして腱鞘炎になりそうになりながら出玉をかき出した」とか「商工ローンから借り入れして追い込まれた」とか魅力あるエピソードの数々や、携帯電話などで連絡がつかなくなることを「海外旅行に出掛けていた」とか「パチンコの借金で尻に火をつけて街中に金目のものを回収に飛び出して行く」などのけだし名言の数々を話題にすることで、話がはずみ、大いに盛り上がり、「仕事もあったし、借金してまでやるほど打ち込めなかった」とか、「そこまでの大物ではないので、小バクチしか打てなかった」などとパチンコをほどほどにしかできなかった者たちから尊敬を集め、「弁護士とか医者とか社会的地位の高い人がマブダチ」と交友関係を自慢し、「金沢大学の教授を超える知識があって、ネットで検索すれば東大卒と同じ」などと「自分はすごい人物である」と認識し、他人が「アホ」や「バカ」に見え、口を開けば「教えてやるぞ」とばかりに上から目線で語り倒す「金沢の重鎮」というキャラクターが確立したため、その手の人がきたらたまったものではないと、恐怖すら覚えていたのも事実でした。
会社の管理職に連れられてきた人は、見た目が「さすがアメリカンフットボール経験者」と思えるがっちりしていて、まじめそうで、口を開かなければ、どこかの会社の重役風の貫禄も漂い、「研究者」という側面がうかがえず、尊大な語りを繰り広げる人にも見えませんでした。
一緒に仕事をしながら、ぼちぼちと話をするようになり、「西日本方面の地方名が何のひねりもなくそのままついたつけられた大学」を卒業したのは聞かされた通りで、「その大学の付属の第一中学、第一高校に通っていた」と聞かされて、その第一高校を卒業した人と長年にわたり付き合いがあることを伝えると、「高校時代にアメフト部で全国制覇を遂げた」話を聞かされ、顧問の教諭の名前をその場で友人にメールすると、「知らない」と返答がきたものの、野球部が甲子園で準優勝した時の監督が社会科の教諭であったことは有名とはいえ、「何で知ってるの」と驚かれ、それをきっかけに、忌憚なく、いろいろな話をするようになりました。
残念ながらパチンコはやらないらしく、「社会的地位の高い人たちしかマブダチはいない」のではなく、「これまで働いていたところには友人はいるし、学生時代の友人とはたまに電話をかけている」とのことであり、「ネットで検索すれば東大卒」ではなく、「中学から内部進学してそのまま卒業した」とのことであり、「年金など1円も払っていなくても裏技でいくらでも受給できる」のではなく、「大学を卒業してからずっと働いて厚生年金をかけていた」とのことであり、「金沢大学の教授を超える博識ぶり」ではなく、「学生のころから古墳が好きで、奈良の古墳発掘などのアルバイトに行って、その延長で古墳を回っている」のであり、「何でも知っているから教えてやる」のではなく、「古墳についてもわからないことばかり」とのことであり、詰所にいて、椅子にもたれてふんぞり返り、腕を組みながら、虚空を見据えて、「オレがむかし超一流の経営者だったころ、マブダチの弁護士や医者にいろんなことを教えてやったものだったなあ。写真の腕は二科展クラスのオレが教えてやったら、加速度的に上達したよ。ほめてやったら大喜びして、料亭で礼を言われてなあ。やっぱ、芸術は超一流の人に教わるのが早道だな」などと語られて、「ちょっとトイレに行ってきますので、失礼します」と逃げ出したり、「オレがむかし超一流の経営者だったころ、登山にかけては右に出る者がいないほどの名人と人に言われていてな。マブダチが一緒に行きたがっていたけど、レベルが高すぎて、ついてこられないと困ると思っているうち行けなくてなあ。連れて行ってやればよかったよ。登山もスキルの高い人と一緒に行くのが最高だからな」まどと語られて、「あ、仕事を思い出した」などと飛び出していったりしなくてよかったことに安堵し、金沢廃品回収業界の重鎮のネットで調べた薀蓄と、どうでもいいようなこだわりを熱く語る人でなかったことが職場に平和をもたらし、普通に話のできる人がぉてくれて、一同、胸をなでおろしました。
この職場においては、パチンコの話をすることがすぐに周囲にとけ込める「鉄板ネタ」であり、大勝ちして温泉旅行や飲み屋などで豪遊したなどという武勇伝や、大負けして家賃を払えなくなったとか給料日がくるまで水を飲んで過ごしたなどという失敗談が受けるのであって、パチンコはやらないものの、人生の大半をパチンコ店で過ごした金沢廃品回収業界の重鎮の「閉店間際に大当たりして腱鞘炎になりそうになりながら出玉をかき出した」とか「商工ローンから借り入れして追い込まれた」とか魅力あるエピソードの数々や、携帯電話などで連絡がつかなくなることを「海外旅行に出掛けていた」とか「パチンコの借金で尻に火をつけて街中に金目のものを回収に飛び出して行く」などのけだし名言の数々を話題にすることで、話がはずみ、大いに盛り上がり、「仕事もあったし、借金してまでやるほど打ち込めなかった」とか、「そこまでの大物ではないので、小バクチしか打てなかった」などとパチンコをほどほどにしかできなかった者たちから尊敬を集め、「弁護士とか医者とか社会的地位の高い人がマブダチ」と交友関係を自慢し、「金沢大学の教授を超える知識があって、ネットで検索すれば東大卒と同じ」などと「自分はすごい人物である」と認識し、他人が「アホ」や「バカ」に見え、口を開けば「教えてやるぞ」とばかりに上から目線で語り倒す「金沢の重鎮」というキャラクターが確立したため、その手の人がきたらたまったものではないと、恐怖すら覚えていたのも事実でした。
会社の管理職に連れられてきた人は、見た目が「さすがアメリカンフットボール経験者」と思えるがっちりしていて、まじめそうで、口を開かなければ、どこかの会社の重役風の貫禄も漂い、「研究者」という側面がうかがえず、尊大な語りを繰り広げる人にも見えませんでした。
一緒に仕事をしながら、ぼちぼちと話をするようになり、「西日本方面の地方名が何のひねりもなくそのままついたつけられた大学」を卒業したのは聞かされた通りで、「その大学の付属の第一中学、第一高校に通っていた」と聞かされて、その第一高校を卒業した人と長年にわたり付き合いがあることを伝えると、「高校時代にアメフト部で全国制覇を遂げた」話を聞かされ、顧問の教諭の名前をその場で友人にメールすると、「知らない」と返答がきたものの、野球部が甲子園で準優勝した時の監督が社会科の教諭であったことは有名とはいえ、「何で知ってるの」と驚かれ、それをきっかけに、忌憚なく、いろいろな話をするようになりました。
残念ながらパチンコはやらないらしく、「社会的地位の高い人たちしかマブダチはいない」のではなく、「これまで働いていたところには友人はいるし、学生時代の友人とはたまに電話をかけている」とのことであり、「ネットで検索すれば東大卒」ではなく、「中学から内部進学してそのまま卒業した」とのことであり、「年金など1円も払っていなくても裏技でいくらでも受給できる」のではなく、「大学を卒業してからずっと働いて厚生年金をかけていた」とのことであり、「金沢大学の教授を超える博識ぶり」ではなく、「学生のころから古墳が好きで、奈良の古墳発掘などのアルバイトに行って、その延長で古墳を回っている」のであり、「何でも知っているから教えてやる」のではなく、「古墳についてもわからないことばかり」とのことであり、詰所にいて、椅子にもたれてふんぞり返り、腕を組みながら、虚空を見据えて、「オレがむかし超一流の経営者だったころ、マブダチの弁護士や医者にいろんなことを教えてやったものだったなあ。写真の腕は二科展クラスのオレが教えてやったら、加速度的に上達したよ。ほめてやったら大喜びして、料亭で礼を言われてなあ。やっぱ、芸術は超一流の人に教わるのが早道だな」などと語られて、「ちょっとトイレに行ってきますので、失礼します」と逃げ出したり、「オレがむかし超一流の経営者だったころ、登山にかけては右に出る者がいないほどの名人と人に言われていてな。マブダチが一緒に行きたがっていたけど、レベルが高すぎて、ついてこられないと困ると思っているうち行けなくてなあ。連れて行ってやればよかったよ。登山もスキルの高い人と一緒に行くのが最高だからな」まどと語られて、「あ、仕事を思い出した」などと飛び出していったりしなくてよかったことに安堵し、金沢廃品回収業界の重鎮のネットで調べた薀蓄と、どうでもいいようなこだわりを熱く語る人でなかったことが職場に平和をもたらし、普通に話のできる人がぉてくれて、一同、胸をなでおろしました。