40を過ぎてカリフォルニアワインのおいしさと出会い、勤務先を円満退社して、とことん飲みまくろうと決意してから、「ブドウ畑も醸造所も持たないワイナリー」を営むまでの軌跡には、「好きなことをして生きて行く」道のりであるとともに、「好きなものに出会う」喜びと、「好きなことをとことん味わい尽くす」楽しみとに満ちあふれ、よりよい人生を目指す心のありようと、よりよい人生への指針が示されていた。
「ワイン通」というと、「ロマネ・コンティは、1,8haの畑で獲れたピノ・ノワールだけで造られたシングルヴィンヤードだよね。やっぱり、ワインはピノ・ノワール、シングルヴィンヤードに限るね」とか、「ワインもいろいろあるけど、信頼できるのはパーカーポイントだね。どうせ飲むなら、やっぱり90以上のものを飲みたいね」などと、聞いている方にとってはまったくどうでもいい話をする人を思い浮かべてしまうのだが、この本の一番いいところは、薀蓄が一切語られないことだろう。
「講釈を傾けるより、グラスを傾ける」ことが、人と人とを結びつけ、心置きなくほんとうの話をしながら、「おいしいワインを飲む」のではなく、「ワインをおいしく飲む」ことが、心地いい空間を作り出し、いい時間を共有できて、互いに幸せになる近道だ。
いい人生とは、高価ないいワインを飲むことではなく、ワインを一緒に飲む人と楽しむことであり、人生を懸けて惜しみない対象ととことん付き合うことだと思えてくる。
大岡信の詩にある「ゴーギャンにとってのタヒチは誰にでもある」という一節を思い起こさせるが、人生の黄昏を迎えても、タヒチをいまだ見出せず、日頃は安い発泡酒を缶のままあおるだけのささくれた日々を過ごしているものの、ワインについての知識はまったくなくても、友人と食事に行き、突如としてワインを注文し、さすがに「君の瞳に乾杯」などと口走って、気持ちわるがらせたり、「トースト! 喫茶店じゃないけど」などとつまらないギャグを言って、場の空気を凍らせたりしないまでも、「とりあえずワイン」を注文し、旧交をあたためようという気持ちになってきた。
「ワイン通」というと、「ロマネ・コンティは、1,8haの畑で獲れたピノ・ノワールだけで造られたシングルヴィンヤードだよね。やっぱり、ワインはピノ・ノワール、シングルヴィンヤードに限るね」とか、「ワインもいろいろあるけど、信頼できるのはパーカーポイントだね。どうせ飲むなら、やっぱり90以上のものを飲みたいね」などと、聞いている方にとってはまったくどうでもいい話をする人を思い浮かべてしまうのだが、この本の一番いいところは、薀蓄が一切語られないことだろう。
「講釈を傾けるより、グラスを傾ける」ことが、人と人とを結びつけ、心置きなくほんとうの話をしながら、「おいしいワインを飲む」のではなく、「ワインをおいしく飲む」ことが、心地いい空間を作り出し、いい時間を共有できて、互いに幸せになる近道だ。
いい人生とは、高価ないいワインを飲むことではなく、ワインを一緒に飲む人と楽しむことであり、人生を懸けて惜しみない対象ととことん付き合うことだと思えてくる。
大岡信の詩にある「ゴーギャンにとってのタヒチは誰にでもある」という一節を思い起こさせるが、人生の黄昏を迎えても、タヒチをいまだ見出せず、日頃は安い発泡酒を缶のままあおるだけのささくれた日々を過ごしているものの、ワインについての知識はまったくなくても、友人と食事に行き、突如としてワインを注文し、さすがに「君の瞳に乾杯」などと口走って、気持ちわるがらせたり、「トースト! 喫茶店じゃないけど」などとつまらないギャグを言って、場の空気を凍らせたりしないまでも、「とりあえずワイン」を注文し、旧交をあたためようという気持ちになってきた。